その日、僕は初めて自分を知りました。

椎名蒼

赤紙編⑨

教室に入ってきた春間先生はいつもと違い、深刻な顔をして教壇に立った。
その理由をクラスのみんなは知っていたと思う。廊下や他のクラスから聞こえる笑い声は僕らにとっては苦痛でしかなかったと思う。


「今朝、学校の方へ警察の方から連絡がありました。永田将暉くんの捜索願がご家族の方から出されたようです。」


春間先生はそういうと、木村の席を見つめた。永田が行方不明になってから3日。同時期に木村孝文は別人のようになってしまった。木村の母親からは息子は部屋から一歩も出てこないらしかった。




僕は放課後、木村の家を訪れた。小学校を卒業してから間もないが、あの頃ほぼ毎日遊びにやってきていた友の家。僕はインターフォンを押すと、ドアから木村の母親が顔をのぞかせた。


「赤宮くん......」


「おばさん......」


「来てくれたんだね。ありがとう。でも、今あの子に会っても....」


すると、階段の上から木村は現れた。髪がくしゃくしゃで、顔にクマができていた。




「木村......」


「上がれよ。赤宮。」


気味のない声だった。その声は震えていて、疲れ切っていて、何かに取り憑かれたような....そんな感じがしたのだ。おばさんはなにも言わなかった。僕も無言のまま、玄関に靴を揃えて階段を上った。木村はそんな僕を見つめてから、自分の部屋へと入っていった。僕は階段をのぼりきると、そこから部屋の中を伺った。ガラクタがいっぱい床に落ちていた。カーテンがぴっしりと閉まっていて、昼間だというのに薄暗く、雰囲気がなにか不気味であった。部屋へ進もうとすると、ドアの前に散乱していたガラクタに突っ掛かり、転びそうになった。そうして、もう一度、部屋の中を見た。


木村は暗がりの奥から仮面のように無表情になり、僕をずっと見ていた。


なんだろうこの空気......


寒気と恐怖を抱きながら震える足をゆっくりと動かし、僕は木村の部屋に入った。だが、木村が動くことも表情を変えることもなかった。僕はそんな木村を前になにか話さなくてはと必死になっていた。


「木村......どうした?なんで学校に来ないんだ?みんな心配してるぞ?春間先生だって......」


木村は相変わらず無表情で僕の顔を見てくるだけだった。


「なぁ......一体なにがあったんだよ?教えてくれよ......」


「......せぇよ....」


木村がなにかつぶやき、僕は「え?」と聞き返した。その瞬間、僕は身をそらした。木村は小さい小型のナイフを後ろ手から僕に向かって一閃させようとした。僕はかろうじてそれをかわしたのだ。僕はパニックになりながら、「なにしやがんだ!」と逆上した。しかし、木村にはそんなの気にも止まらず鬼のような形相で僕にナイフを振りあげてくる。しかし、僕は狭く物が散乱する部屋で逃げ切ることはできなかった。背中を壁につき、木村にたちまち追い詰められた。


「春間先生だってクラスのやつだってお前だって......」


そういうと木村はナイフを大きく振り上げた


「やめろ!木村!」


僕は大きく声を荒げた。

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