碧き舞い花

御島いる

EX:語られることのなかった戦い

 色のない世界だ。
 灰で地面が見えない。
 セラの歩みに合わせて、ざくざくと鳴り、ブーツの跡が残る。
『灰燼の絨毯』。
 腰に新たにツバメの小刀を携えたセラが向かう先に、仇敵。
 ぽつんと置かれた荘厳な木の椅子に、ガフドロ・バギィズドは収まっていた。
「案外早く来たな。水晶も外さずに」
 距離を取ったところでセラは歩みを止めた。
「殺風景。軍事世界とは思えない」
「ふん」ガフドロが立ち上がると、椅子は灰となって崩れた。「愚かな父は人との交わりを恥じ、子を空へと流した」
 ガフドロはゆっくりとセラに向かってくる。
「よもや自身の子に神の軍が敗れるなど予想もしていなかっただろう。半血の息子に世界の覇権を奪われるなど」
 セラと対峙し足を止めるガフドロ。
「神は愚かだ。誰よりも優れていると慢心する。ぞっとするな、そんな血がこの身体に流れている事実に。だが、どれだけ毛嫌いしようとも、あるものは認め、使う。お前もそうだろ? 『碧き舞い花』。俺からしてみればマスターの力を毛嫌うわけがわからないが」
 碧と黒が灰の世界に現れる。
 セラはフォルセスを構える。
 だがガフドロは大剣を指輪から出さない。細めたガーネットでセラのことを見据えていた。
「そうか」
「?」
「まだマスターの力を自力で出せるところまで来ていないのか……。冷静さの中に昂りが足りないな。手伝ってやろう」
「っ!?」
 ガフドロが正面にかざした手に、セラの心を揺さぶる剣が現れた。
「これはいい。振るうに軽く、攻めるに重い」
 スヴァニ。
 ハヤブサの剣が、仇敵の手に握られた。
 エメラルドのヴェールが激しく震えた。
 戦う理由が増えた。
「お前が握っていい剣じゃないっ!」
 ガフドロの挑発に乗る形になってしまったが、フォルセスの手伝いもあってセラはヴェールの先に到達した。
「そうだそれだ。行くぞ!」
 積もった灰を巻き上げ、二人は刃を交えた。


 二人きりの戦いと呼ぶにはいささか激しさを極めた戦いだった。戦争だ。
 古の力もフォルセスによってこれまで以上になっていることをセラは感じていた。ガフドロの神の力もグゥエンダヴィードの時をはるかに超えたものだった。
 剣同士がぶつかり合えば、衝撃が地面を剥がし灰を飛ばす。セラによってあらゆる技術が飛び出す。ナパードと神の移動で世界が広く使われた。それらがこの戦いを戦争と呼ぶに値するところまで引き上げていた。
「っふ!」
「っん!」
 攻め合いと読み合いは相殺し合う。互いに傷を知らない戦い。
 均衡を破ろうと動くのはセラだ。
 鍔迫り合いになった時を狙った。スヴァニを取り返す。
 右手にフォルセス。左手にスヴァニ。
 辺りに散った碧き花をその肌に反射させ、セラは二刀を手にガフドロの前に立っていた。
「フェースができるのだから、当然だな」
 ガフドロはたいして驚くことなく、その手に大剣を出現させた。
「おかえり、スヴァニ。ズィーの仇、一緒に討とう」
 スヴァニに紅いヴェールがちらついた。


 碧と紅が美しく線を描き、花を散らし黒を攻める。
「想いが乗ったか。厄介だが――」
 ガフドロから圧が放たれ、セラは退いた。
「――ここは俺を俺たらしめる場所だ」
 縁取った黒が染み込むように大男の肌が黒一色になった。瞳は宿っていた黒を消し、髪と共に赤褐色が際立つ。
「人や文化を滅ぼそうともこの世界を壊さないのにはわけがある」
 すっとガフドロが手をセラに向けた。音もなく、ガフドロがセラの目前に移動して彼女の首に触れ――。
 ――るよわずかに早く、ガフドロの姿は花を散らして消えた。
 セラは自ら跳ばした敵を追うように自身もナパードする。跳んだ先で、スヴァニを持つ左手をガフドロに蹴られた。ハヤブサが灰の上に落ちて滑った。
 振り下ろされる大剣にフォルセスで迎え撃つ。
 受け止めながら空いた手をスヴァニに伸ばすが、届く距離にない。だが、セラはその手にハヤブサを呼び戻す。そしてガフドロの腹に向かって振り抜いた。
 この戦い初めての、まともな一撃だ。
 それは金剛裁断を用いた斬撃で、ガフドロに傷をつけた。しかし、神の黒き肌は金剛裁断をもってしても硬かった。傷は浅い。
 反撃が来る。
 セラは頭を強かに殴打された。灰に頬をつく。
 二人のそれぞれの一撃が、戦いに傷つけ合いの概念を思い出させた。
 互いに尋常ならざる力を有しているのにも関わらず、泥臭い、灰まみれの殴り合い、蹴り合い、斬り合いだった。
 しかしそこは人知を超えた力を持った者同士、一撃一撃がやはり凄まじく、世界に影響を及ぼすこともあった。
 そして盛大な喧嘩を思わせる熾烈な戦いは終盤を迎える。
 二人とも疲労を露わにする。
 セラもそうだが、ガフドロも普段では踏み込まないほどの力を発揮している。それが二人の治癒や復元の力を優に超えた疲労をもたらすのも無理はなかった。
「はぁ……」
「はぁ……」
 間合い取り息を整える二人。しかし整うより早く、敵を殺そうと動く。休息は露ほども必要ない。そういう状況にまで来ている。
 単純な答えが二人の中にはあるのだ。
 どちらが先に敵を前に倒れるか。倒れれば目的は果たされない。
 敵よりも長く立つ未来。そこに向けての意思の強さが、勝負を決める。
「ぅああああーっ!」
「ぅおおおおーっ!」
 ざくざくと灰を踏み鳴らし駆け、二人は敵に迫る。
 ガフドロが目をカッと見開いた。
 セラはわずかに身体を傾け、目の力を躱そうとした。その時、灰が彼女の足を嫌った。
 滑って転びそうになったセラの左腕に莫大な力が、襲い掛かった。
「ああ゛っ……!」
 直撃でなかったことが幸いし、彼女は飛ばされることなくその場で地面に転げた。しかし力を受けた左腕は握力を失い、スヴァニは後方へと飛び、大地に突き刺さった。
 右腕だけで身体を起こそうとした彼女の腕を、ガフドロが蹴り抜いた。フォルセスまでもが彼女の手から離れた。虚しく灰の上を滑る。
「がっ……」身体を起こすはずが大地に身体を打ったセラの背に、ガフドロの足が圧し掛かった。「……っく」
「やはりマスターの血を引くだけのことはあったぞ『碧き舞い花』。俺はお前と戦えたこと誇りに思う」
 セラの上で大剣を大地に向けるガフドロ。セラが彼を弱々しく睨み上げると、目の力ですべてを出し切ったのか身体は元に戻り、黒い縁取りもなかった。
 かくいうセラもヴェールはさっきの蹴りで吹き飛ばされてしまった。離れていったフォルセスに手を伸ばしても、呼び戻せない。なにより、ヴェールがあったとしてそれができるほどの力が残っていたかどうかもわからない。
 今は自分が跳ぶので精一杯だ。


 ナパードは移動前の体勢を保ったまま跳ぶ。


 大剣が下ろされる。
 花が散る。
 セラはガフドロの上、腰のウェィラを抜いた。
 構えて、そのまま落ちる。 
 ツバメが、前世であったフクロウがつけた傷を入り口に大男の心臓を突き刺した。


 無様に二人で地面に倒れ込む。
 色のない世界に『碧き舞い花』の荒い吐息だけがあった。

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