碧き舞い花
529:ちゃんと帰ってくる
「会うのは初めてね、セラフィ」
キノセに連れられ、ユフォンと共にセラが訪れたのはアズの地だった。
ゼィロスの小屋の中、伯父と共に彼女を待っていたのは真っ白な髪と真っ青な瞳を持つ若い女性だった。双子であるノアほどではないが、どことなくセラに似たその人物が誰であるのか、セラにはすぐにわかった。
「フェルさん。フェル……叔母さんって呼んだ方がいいのかな?」
「好きな呼び方でいいわよ、セラフィ」頷いたその人物、フェル・レイ=インフィ・ガゾンはセラに歩み寄り、優しく抱擁した。そのままセラの耳もとで柔らかく言う。「あなたには血よりも強い心の繋がった伯父様もいるのだから、わたしなんかを叔母と呼ぶこともないのよ。いい気分ではないでしょう、ヴェィルの血は」
セラはフェルを離す。肩を掴んだまままっすぐと青を見つめる。
「そんなっ! わたしはわたしですし、わたしと叔母さんとの関係にヴェィルは関係ありません。ゼィロス伯父さんとだって心の繋がりがあるなら、あなたとわたしにだってあっていいはずです。違いますか?」
「そうね。やっぱりあなたはわたしが予見で見てきたとおりの子だわ」
フェルは微笑むとまたセラに抱き着いた。確かめるように、長い間。
それにはさすがに痺れを切らしてゼィロスが咳払いをした。
「俺たちの姪をそろそろ離してやってくれないか、フェル殿?」
「……あ、ああっ」フェルは自身が長いことセラとくっついていたことに気づいて、申し訳なさそうにしてセラを解放した。「ごめんなさい、わたしったら。長いこと見てきたセラフィにようやく触れることができたら、つい」
セラは彼女に微笑みを向けて、問題ないことを示した。そしてゼィロスとキノセ、そして再びフェルに真剣な視線を巡らせてから尋ねる。
「フェル叔母さんが見つかったってことは、やっぱりわたしがヨコズナ神のところに行く時が来たってこと?」
「いや、それが違うらしい」
ゼィロスは言って、フェルに目配せした。
「セラフィ」フェルはセラに似た真剣な表情で言う。「わたしはあなたに昔話や耳飾りの話をして、それからヨコズナの試練をはじめとしたヴェィルを止めるために必要なことを学んでもらうために、あなたの伯父さんの前に姿を現しました。予見で見た状況に近づいてきたから」
「? じゃあなにが違うんですか?」
思わずといった様子でユフォンがセラの代わりに疑問を口にした。
フェルはユフォンに微笑むと、セラと青を交わす。
「あなたにはその前にやることがある。それはあなた自身、知っているはずよ」
皆の視線がセラに注がれる。
セラは瞳を閉じて、深く息を吸った。
「ガフドロ」
瞳を露わにするに合わせ、セラはその名を口にした。
異空の脅威が『夜霧』とその統率者であるヴェィルなのは彼女も理解している。しかしそれ以上に、セラの感情は赤褐色の大男に向いていた。
まずはナパスのため、なにより自分のために、想いを果たすことが一番だった。
「フェルさんが現れたってのも吉報だけど」ここでキノセが話に入ってきた。「俺もあるんだ」
「ガフドロの拠点がわかったのね」
「っ……簡単に言ってくれるな、ジルェアス。お前が腑抜けてる間探し回ったんだぞ、この俺が」
「ありがとう。それで、どこ?」
「いや、だからな、もっとこう……ああ、いいや。いいか、ズィプの仇は『灰燼の絨毯』にいる」
「『灰燼の絨毯』?」ユフォンが訝しんでキノセを見る。「軍事世界が『夜霧』に支配されてたって?」
「いや、支配はされてない。すでに世界はもぬけの殻。『夜霧』第一部隊の拠点ってわけでもないんだ。ただ、あいつは長いことあの世界に留まってる。一人で」
「おそらくはその世界の出身者なのだと思いますよ」フェルが神妙な面持ちで口にする。「神との半血ならば、一番安らぎを得られる場所です。あなたとの戦いの傷を癒すには適した場所です。それと、神の力を忘れないためにも」
「忘れる?……それは人々の信仰が与える力とは違うんですか?」セラは問う。神という存在は人間の信仰によって現す力も変わってくるものだ。「誰もいない世界では信仰を得られないんじゃないですか?」
「わたしもヴェィルほど神との半血に詳しくないけれど、これだけははっきりと言える。半血に必要なのは他者からの信仰ではなく、自身の認知。自分が神の血を引いていると思えれば思えるほどにその力は神に近づく」
「それじゃあジルェアスも」
キノセの言葉に首を横に振るのは二人。フェルとセラだ。
セラが答える。
「わたしのは神の力に似てるけど、別物なの。だから違うんですよね、フェル叔母さん」
「ええ。想造の一族と神々には、しっかりと差があるの。でもその話はあなたが帰ってきたからにしましょう。語るにはしっかりと時間を取る必要があるわ」
セラは叔母に頷きを返す。そして伯父に目を向ける。決意の瞳だ。
「ゼィロス伯父さん、わたし一人で――」
「行ってこい、セラ」
「……いいの?」
「ああ」
「僕たちも一緒には行かないけど、セラがナパスの人たち、それからズィーの仇を取ってくれるって信じてるから」
ユフォンがセラの手を両手で包み込んで、きゅっと力込めた。セラは勇気を受け取れど、腑に落ちなかった。伯父も、叔母も、恋人もその答えをくれなそうなので指揮者にサファイアを向ける。
肩を竦めてキノセは言う。
「評議会は本部をホワッグマーラに置いてるけど、大体のメンツは自分の世界に戻ってる。当然評議会の機能は落ちてる。戦士の招集にも手間がかかる。ああ、他には……いや、とにかくお前以外いないだろ、セラ。神の力相手にできて、ナパスの姫で、なによりすぐ跳べるのは」
「……キノセ」
「なんだよ。他に誰も説明しないからだろ。お前だってこっち見たし」
「じゃなくて、今、セラって呼んだ」
「え? いやいや、そんなわけ。仮に言ってたとしても、意味なんてない。みんながそう呼ぶのにつられただけだ」
「……」
じーっとキノセの五線の瞳を見つめるセラ。キノセは逸らさず、挑発するように軽く口を開く。
「ちゃんと帰って来いよ、ジルェアス」
「そうだよね、キノセだもんね」
「なんだよ」
「なんでもないよ。うん、ちゃんと帰ってくる」
セラはユフォン、キノセ、フェルを見回し唇を動かす。
「みんなも、ありがとう」
ここにはいない仲間たちにも届くように、想いを乗せてそう言った。
碧き花が散る。
握っていたユフォンの手を残して。
この時、僕は手の中にひとひらの花びらがあったことに気づいたんだ。その花びらは、散っている他のどの花びらよりも長く、僕の手の中に残っていた。
キノセに連れられ、ユフォンと共にセラが訪れたのはアズの地だった。
ゼィロスの小屋の中、伯父と共に彼女を待っていたのは真っ白な髪と真っ青な瞳を持つ若い女性だった。双子であるノアほどではないが、どことなくセラに似たその人物が誰であるのか、セラにはすぐにわかった。
「フェルさん。フェル……叔母さんって呼んだ方がいいのかな?」
「好きな呼び方でいいわよ、セラフィ」頷いたその人物、フェル・レイ=インフィ・ガゾンはセラに歩み寄り、優しく抱擁した。そのままセラの耳もとで柔らかく言う。「あなたには血よりも強い心の繋がった伯父様もいるのだから、わたしなんかを叔母と呼ぶこともないのよ。いい気分ではないでしょう、ヴェィルの血は」
セラはフェルを離す。肩を掴んだまままっすぐと青を見つめる。
「そんなっ! わたしはわたしですし、わたしと叔母さんとの関係にヴェィルは関係ありません。ゼィロス伯父さんとだって心の繋がりがあるなら、あなたとわたしにだってあっていいはずです。違いますか?」
「そうね。やっぱりあなたはわたしが予見で見てきたとおりの子だわ」
フェルは微笑むとまたセラに抱き着いた。確かめるように、長い間。
それにはさすがに痺れを切らしてゼィロスが咳払いをした。
「俺たちの姪をそろそろ離してやってくれないか、フェル殿?」
「……あ、ああっ」フェルは自身が長いことセラとくっついていたことに気づいて、申し訳なさそうにしてセラを解放した。「ごめんなさい、わたしったら。長いこと見てきたセラフィにようやく触れることができたら、つい」
セラは彼女に微笑みを向けて、問題ないことを示した。そしてゼィロスとキノセ、そして再びフェルに真剣な視線を巡らせてから尋ねる。
「フェル叔母さんが見つかったってことは、やっぱりわたしがヨコズナ神のところに行く時が来たってこと?」
「いや、それが違うらしい」
ゼィロスは言って、フェルに目配せした。
「セラフィ」フェルはセラに似た真剣な表情で言う。「わたしはあなたに昔話や耳飾りの話をして、それからヨコズナの試練をはじめとしたヴェィルを止めるために必要なことを学んでもらうために、あなたの伯父さんの前に姿を現しました。予見で見た状況に近づいてきたから」
「? じゃあなにが違うんですか?」
思わずといった様子でユフォンがセラの代わりに疑問を口にした。
フェルはユフォンに微笑むと、セラと青を交わす。
「あなたにはその前にやることがある。それはあなた自身、知っているはずよ」
皆の視線がセラに注がれる。
セラは瞳を閉じて、深く息を吸った。
「ガフドロ」
瞳を露わにするに合わせ、セラはその名を口にした。
異空の脅威が『夜霧』とその統率者であるヴェィルなのは彼女も理解している。しかしそれ以上に、セラの感情は赤褐色の大男に向いていた。
まずはナパスのため、なにより自分のために、想いを果たすことが一番だった。
「フェルさんが現れたってのも吉報だけど」ここでキノセが話に入ってきた。「俺もあるんだ」
「ガフドロの拠点がわかったのね」
「っ……簡単に言ってくれるな、ジルェアス。お前が腑抜けてる間探し回ったんだぞ、この俺が」
「ありがとう。それで、どこ?」
「いや、だからな、もっとこう……ああ、いいや。いいか、ズィプの仇は『灰燼の絨毯』にいる」
「『灰燼の絨毯』?」ユフォンが訝しんでキノセを見る。「軍事世界が『夜霧』に支配されてたって?」
「いや、支配はされてない。すでに世界はもぬけの殻。『夜霧』第一部隊の拠点ってわけでもないんだ。ただ、あいつは長いことあの世界に留まってる。一人で」
「おそらくはその世界の出身者なのだと思いますよ」フェルが神妙な面持ちで口にする。「神との半血ならば、一番安らぎを得られる場所です。あなたとの戦いの傷を癒すには適した場所です。それと、神の力を忘れないためにも」
「忘れる?……それは人々の信仰が与える力とは違うんですか?」セラは問う。神という存在は人間の信仰によって現す力も変わってくるものだ。「誰もいない世界では信仰を得られないんじゃないですか?」
「わたしもヴェィルほど神との半血に詳しくないけれど、これだけははっきりと言える。半血に必要なのは他者からの信仰ではなく、自身の認知。自分が神の血を引いていると思えれば思えるほどにその力は神に近づく」
「それじゃあジルェアスも」
キノセの言葉に首を横に振るのは二人。フェルとセラだ。
セラが答える。
「わたしのは神の力に似てるけど、別物なの。だから違うんですよね、フェル叔母さん」
「ええ。想造の一族と神々には、しっかりと差があるの。でもその話はあなたが帰ってきたからにしましょう。語るにはしっかりと時間を取る必要があるわ」
セラは叔母に頷きを返す。そして伯父に目を向ける。決意の瞳だ。
「ゼィロス伯父さん、わたし一人で――」
「行ってこい、セラ」
「……いいの?」
「ああ」
「僕たちも一緒には行かないけど、セラがナパスの人たち、それからズィーの仇を取ってくれるって信じてるから」
ユフォンがセラの手を両手で包み込んで、きゅっと力込めた。セラは勇気を受け取れど、腑に落ちなかった。伯父も、叔母も、恋人もその答えをくれなそうなので指揮者にサファイアを向ける。
肩を竦めてキノセは言う。
「評議会は本部をホワッグマーラに置いてるけど、大体のメンツは自分の世界に戻ってる。当然評議会の機能は落ちてる。戦士の招集にも手間がかかる。ああ、他には……いや、とにかくお前以外いないだろ、セラ。神の力相手にできて、ナパスの姫で、なによりすぐ跳べるのは」
「……キノセ」
「なんだよ。他に誰も説明しないからだろ。お前だってこっち見たし」
「じゃなくて、今、セラって呼んだ」
「え? いやいや、そんなわけ。仮に言ってたとしても、意味なんてない。みんながそう呼ぶのにつられただけだ」
「……」
じーっとキノセの五線の瞳を見つめるセラ。キノセは逸らさず、挑発するように軽く口を開く。
「ちゃんと帰って来いよ、ジルェアス」
「そうだよね、キノセだもんね」
「なんだよ」
「なんでもないよ。うん、ちゃんと帰ってくる」
セラはユフォン、キノセ、フェルを見回し唇を動かす。
「みんなも、ありがとう」
ここにはいない仲間たちにも届くように、想いを乗せてそう言った。
碧き花が散る。
握っていたユフォンの手を残して。
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