碧き舞い花

御島いる

526:ゼィグラーシス

 一日。
 三日。




 五日。








 一週間。








 二週間。










 三週間。










 一ヶ月。












 一ヶ月半。












 二ヶ月。














 二ヶ月半。














 三ヶ月。














 三ヶ月と一週間。
 あの時は無情にも緩慢となった時の流れは、今度は性急となって彼女に襲い掛かっていった。




 ホワッグマーラ、マグリア。
 ユフォンの新居のベッドに、セラは腰かけていた。
 折れたオーウィンを傍らに、一人、瞬き少なに呆然と床の木目を見つめていた。
 死んだ。
 そこへ部屋の主が、自分の部屋なのにも関わらずおずおずとドアを開けて入ってきた。
「セラ」
 ユフォンはただ彼女の名前を呼んだ。
「なに、ユフォン?」
 焦点を合わせず、ユフォンに顔を向けるセラ。
 死んだ。
「ズィーが帰ってきたの?……気配は感じられないけど。ズィーも闘気抑えるのうまくなったんだね」
「……セラ。ズィーは帰ってきてないよ。僕は君の様子を見に来たんだ。いつのもように」
 セラはぽかんとする。「わたしの?」
 死んだ。
「あぁ……そう。君の」
「ははっ、わたしは大丈夫だよ。怪我も、してないし……元気…………」
 セラは唐突にぽろぽろと涙を流しはじめた。笑顔で。
「ねぇ、ユフォン」
 死んだ。
「なんだい」とユフォンはセラの隣に座る。
「ズィーは戻ってくるよ。だってわたしの騎士だもん。あの時だって死んだと思ってたけど、この世界で会えたしね、ははっ。あ、そうだ、あのパーティをした酒場に行こう! そうすればズィーに会えるよ」
 死んだ。
「セラ」ユフォンは首を横に振る。「あの酒場は、今はないよ。洪水で」
「どうして!」
 セラは戦士の表情で、ユフォンの胸倉を掴んでベッドに強く押し倒した。ユフォンは身体に力を込めて、ただ無言で彼女の濡れたサファイアを見つめ返す。
 死んだ。
「それじゃあ、ズィーが帰ってくる場所がないじゃない! ねぇ! ズィーは先に帰ってろって言ったの! だから! 帰ってくるの! それなのにっ! 帰る場所がなきゃ……帰って、来れない‥………」
 セラはユフォンの胸に顔を沈めた。静かに泣く。
 ユフォンは彼女のプラチナに手を回して、ゆっくりと撫でる。
 死んだ。
「セラ……イソラとヌォンテェさんが異空中を探った。イソラに関してはガフドロの気配も知ってる。そして奴の気配は見つかった。けど、ズィーは……。君なら、わかるだろ?」
 ズィーの胸板の上で首を何度も横に振るセラ。
 死んだ。
「生きてるっ……! 誰か、死んだところを見たのっ!? 違うでしょ! わたしが信じないと、ズィーは……」
 死んだ。
 悪夢と彼の最後の笑みが克明にセラの脳裏にへばりつく。
 死んだ。
「ズィー……」
 死んだ。
「ズィー……」
 死んだ。
「ズィー……!」
 いつしかセラはユフォンの胸の上で微睡んでいた。
 現実と夢の狭間で『紅蓮騎士』を探す。オーウィンを手に、黒と赤褐色の靄を払っていく。
「ゼィグラーシス」
 不意の声にセラは動きを止めた。
 すると手元が黄色と紅に閃いて、靄を払った。
 黄色い光の粒たちと、紅い光の粒たちがセラの前に立っていた。セラの手からオーウィンはなくなっていた。
「セラ」ビズラスの声がした。「ゼィグラーシス」
「セラ」ズィプガルの声がした。「ゼィグラーシス」
「セラ」
 ユフォンの声がした。
「ゼィグラーシス」
 ぱちりと、セラはサファイアを露わにした。
 身じろぎするとユフォンが気づいて、優しく髪を撫でられた。
「セラ」
 セラは腕に力を入れて、ユフォンの胸から顔を上げる。その目は赤く腫れていたが、サファイアは晴れていて碧き光が輝いていた。
「ゼィグラーシス」
 ユフォンの言葉にセラは無言のまま彼をしばらく見つめ、それから素早く動いた。
 二つに分かれたフクロウを抱きかかえる。
「あいつはまだ生きてる。みんなの仇を討つ。この手で」
 かちゃりとオーウィンが鳴いた。まだ意志は死んでいないと言わんばかりだ。
「だってわたし……」
 セラは力強くユフォンへ向き直る。その姿にユフォンは「ははっ」と笑う。
止まってなんてゼィグいられないラーシス

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