碧き舞い花

御島いる

516:グゥエンダヴィードでの再会

「ルピ」
 なにかも見当がつかない重量物を綱で引く友に並び、セラは綱を持つと声を潜めて名前を呼んだ。
「イソラ戻って来た……セラ!?」
「そう、わたし」
 茶色くなるまでプラチナを汚し、声真似をしても、その目のサファイアを変えることはできない。友にはすぐにばれてしまうことはセラにも予想できていた。
 ただ牢獄世界の管理監視を任されている下っ端の兵士は、彼女の潜入には気づかないだろう。なにせイソラとルピが入り込んでいることすら気づかない、捕えているナパスの民になど興味がないやつらなのだから。
「どうして?……ううん、セラが来たってことはイソラが伝えたってことよね。これも作戦?」
 二人は綱を引きながら話を続ける。
「うん。とりあえずはガフドロが来るまでイソラの代わりにわたしが潜入する。囚われてるみんなにももう大丈夫だって伝えて、その時が来たらすぐに逃げられるように準備してもらう。評議会も準備してる」
「この世界の出口は一つだよ」
 ルピが顎をしゃくって示した方向には螺旋階段の巻かれた高い塔があった。ナトラード・リューラ・レトプンクァスのように灯台にこそなっていないが、頂上には輝く球体がある。あれが出口だ。
「イソラ一人だったから簡単に抜けられたけど、ナパスの人たちは弱ってる。異界人のわたしでも、彼らがナパードができるとは思えない。兵はわたしたちでどうにかなるけど、みんながあの階段を登れるかどうか?」
「その辺はイソラからも聞いてるから、大丈夫。準備してるって言ったでしょ?」
「そっか。セラが言うなら大丈夫なんだろうね。でも、セラ。あんたは? 武器も持たずに来て、ガフドロと戦うって? ゼィロスさんがよく許したね。それに、作戦開始の合図はどうするの? あんたかわたしがスウィ・フォリクァに戻ってる時間なんてある?」
「わたしがオーウィンを呼ぶ。それが合図。武器も問題なし」
「呼ぶって……あんたまた」
 ルピはそれだけ言って微笑んだ。


 以前ホワッグマーラで行商人ラィラィが言っていたように、グゥエンダヴィードは薄暗い世界だった。大地は貧相で、草木も少ない。気分までもが陰鬱になる。人を捕えておくにはもってこいの世界だといえた。
 こんなところに長い間閉じ込められ、『夜霧』のために労働を強いられていた民を思うとセラの心は痛む。だが悲しい顔は要らない。セラは柔らかい笑みで民を勇気づけなければならないのだ。
 夜になると成果の見えない労働は終わり、壁と天井だけのへ人々は入っていく。
 セラは退屈そうに巡回する兵士の目を掻い潜り、まず最初の家に入った。
 そしてこれは彼女の勘がそうさせたのか、それとも必然だったのか、最初に入った家でセラは再会を果たす。王族との距離が近いナパスの民の中でもさらに近い存在だ。
「え、え、誰? なに? なに?」
「ちょっと、家間違えてるよ」
 その家には二人の青年がいた。突然入って来たセラに怯え、怪訝な顔を向ける二人に、セラは口の前で人差し指を立てた。
「静かに聞いてください」首から下がる紐を握り、記憶の羅針盤の示しながら続ける。「わたしはセラフィです。ナパスの王レオファ――」
「セラ!?」
「セラだって!?」
「しっ!」
 セラは顔をしかめて二人に静寂を促しなが、二人の顔に知る面影があることに気づく。成長し男の顔つきになった、それでいてズィーのように精悍とは言えない陰のある顔。だが、彼女の知る幼馴染の顔に重なった。
「ノォソス? ウェイダ?」セラは確かめるように聞く。「……そうなの?」
 ノォソスが無言で何度も頷く。ウェイダは頷きながらも疑問の表情で口を開いた。
「どうして、セラが……。いままで、いなかっただろ? ありえない! あぁ、これは幻覚だ! ノォソス、俺たちはもう、死ぬのかもしれない……」
「え、えぇぇ……ほんと?……あぁ、そっか、そうだよね……」
「ちょっと二人とも!」
 セラは自分で大きな声を出してしまったことにすぐに口を閉ざし、麻布を引いた地面に座る二人のそばに膝をつき、彼らの手をそっと握る。
「ほら、ちゃんといるよ、わたしは。みんなを助けるために来たの。ズィーも今、別の世界でその準備をしてる。だから、その時が来た時にすぐに逃げられるようにしておいてって、伝えに来たの」
「ほんと!」
「待てっ、ノォソス。騙されるな。やっぱりありえない、こんなこと」
「え、うん。そ、そうだよね、うん、ありえない」
「ちょっと二人とも」
「だって王族はビズラスを含めた全員が死んでるんだぞ。セラが生きてるなんて夢幻以外のなんだっていうんだ」
「そ、そうだった。それでみんなもう助けは来ないんだって、諦めたんだもんね…………」
「……」
 セラは閉口せざるを得なかった。世界の陰鬱さに飲まれて、思考が負の方向へと流れている。いくら自分だけは生きていたと話しても信じないだろう。
 それはこの二人だけのことではないと思われる。
 やり方を変える必要があった。

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