碧き舞い花

御島いる

514:原動力はいつだって

「エァンダっ!」
 セラは跳ね起きた。
 悪夢は見なかった。寝ていたわけではない。サパルの鍵の力で、脱力した。それが解けた。
 辺りを見回すと、ベッドの並べられたレンガの建物の中だった。白黒のレンガで、それでいて魔素を持つ人々の気配が濃かった。ホワッグマーラだとすぐに理解できた。
 隣にはズィーが、恐らくはセラのように力を入れられない状態で横になっていた。セラに背を向けるように。
「エァンダなら生きてるってよ」
 不貞腐れたズィーの声が隣からした。
「ズィー、起きてたんだ」
「だいぶ前にな。で、キノセから全部聞いた」
「どうなったの?」
「エァンダが、終わらせたって。ノーラとシーラも倒したって、しかも瞬殺だってよ。まぁ、スウィ・フォリクァはだいぶ更地になったみたいだけど……あーあ、俺は一撃でふらついたってのによっ……!」
 ベッドを強く拳で打つズィー。
「……わりぃ。エァンダも無理したわけだしな。悪魔の力、使ってよ」
「やっぱりあれ、悪魔の力だったんだ……」
「俺は……エァンダになりたい。悪魔の力も含めて。セラを、みんなを護れる力もあって、自分がその力で傷つくことも知ってて、それでも使う覚悟を持ったエァンダに」
「そんなっ! ズィーはズィーでいてよ。確かにエァンダは頼りになるけど、前にも言ったよね、命を大事にしてって」
「でも! 護れなきゃ意味がない!」ズィーは上体を起こしてセラに体を向けた。「俺はどうしてこんなに不甲斐ないっ! 修行して、想いも受け止めて、背負って! 託されて!!……それなのに! エァンダと俺のなにが違う! 悪魔か! 才能か! なにが足りない! 俺にはなにが! これ以上どうすりゃ、英雄になれる! どれだけ遠いんだよっ……エァンダの背中は!……ビズの背中は!」
「ズィー……」
「お前もだ、セラ…………もう、俺はお前の隣に立ててない」
「! そんなことない! カッパだってズィーが――」
「たまたまだ! あのまま俺が行かなくても、お前ならなんとかしてた、絶対に! ノーラとシーラが来た時も、お前がみんなを護った! 俺はお前に護られた!」
「それはわたしが神の目の力を知ってたからで、知らなかったら護れなかった」
「知らなくても、きっとお前は行動を起こしたはずだよ。俺の知る英雄『碧き舞い花』はそうゆうやつだから。俺がなにも気づかないで突っ立ってる間に、お前は動く」
「ズィーだって、勘があるじゃない。そんな悲観的にならないで。ズィーは強いよ。ちゃんとわたしの隣に立ててる」
「気休めはいらねーよ」
 ズィーはより不貞腐れ、再びセラに背を向けてベッドに横になった。途端、彼は驚きの声と共にセラの方へと転がり落ちた。
「って……」
「ズィー……?」
「っなにやってんだよ、びっくりすんだろ! ユフォン!」
 ズィーのベッドの向かい側の縁からユフォンが目元までを出してセラとズィーを覗いていた。
「二人ともこんな場所で喧嘩しちゃだめだよ」ユフォンが今までズィーがいたベッドに身体を乗せた。「いいかい、ズィー! 僕からしてみれば、君なんてずっと先にいて、エァンダさんとかセラとかとの差なんてはっきりったらないように見えるんだよ。みんなの背中は僕から見ればこれっぽちの点だよ」
 言いながら親指と人差し指をくっつけて見せるユフォン。
「それくっついてんじゃねえかよ」
「そうさ。ははっ! 僕から見たら、みんな同じくらいすごい人だ。君がその差のことで悩むのはさ、君がそれだけみんなと近い位置にいるってことなんだよ。わかるかい?」
「…………」ズィーはユフォンの視線から逃れるように俯く。「だからその差が埋められない自分自身に苛立ってんだろ」
「あれ? でもさっき、みんなの背中がどれだけ遠いんだっていってたよね、君は。違うかい?」
 ユフォンはにやっと笑う。
「近いのかい? 遠いのかい? どっちだい?」
「……」
「遠いなら仕方ないけど、近いならどうにかしたら届くんじゃないのかい? 僕に戦士のことはわからないけど、君はわかるんじゃないのかい? そのどうにかしたらをどうしたらいいか、ね? ははっ!」
 友にやさしく笑いかける彼の姿に、セラも笑む。
「……あぁ……あーあっ!……はぁ…………結局はそれしかねぇんだよな」
 ズィーが俯いたまま言葉を零す。
「力も覚悟ももう、大差ねぇ。そういうとこまで来てんだ。気持ちだって負けてねぇ。それでも埋まらないこの差の正体は才能なんだってこともわかってんだ。俺が決定的に劣ってんのはそこなんだ。生まれ持ったものが、みんなとは違う」
「ズィー……」
「でも……俺は、それでも……手が届く場所まで来れた。なんでかなんて、わかってんだ。ただひたすらに、憧れてた。同じ場所に立ちたいって! 憧れにしがみついて離さなかった。諦めようと思ったことだってあった。今もそうだ、でも! すぐそこにある背中が、それを許してくれねぇんだ。もうすぐ届くだろって。待ってるよって。簡単に言ってくれるんだ。ふざけんなって、いつも思う。どんどん前に行きやがってって。どうせならもう置いて行ってくれって…………」
 ズィーは天井を仰いで、息を長く吐いた。そして正面を、まるで誰かが前にいるかのように見つめる。
「いつまでも憧れてるだけじゃねえって、隣に立って言ってやるよ。ただそれまでは存分に憧れさせてもらうぜ。この憧れがいつだって俺を強くさせてきたんだからな!」
 ズィーは立ち上がる。
「超えてやるよ、その背中。無我夢中に追って、追い越してやるってんだよっ!」
「うるさいぞ!!」
 どこかで誰かが怒りの声を上げた。
「っげ、やばっ」
 ズィーは普段の調子で言い残し、紅い花を散らしてその場から逃げるように消えた。
「ははっ」
「ははっ」
 セラとユフォンは互いに肩を竦め合い、笑みを交わしたのだった。

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