碧き舞い花

御島いる

511:増援

 セラたちは入れ替わり立ち替わりヌロゥと八本の剣の相手をした。
 八本の剣はヌロゥが空気によって操っているにも関わらず、戦士たちそれぞれを相手に遜色なく振るわれている。キノセの音率指揮法が指揮棒を振るうことで行なわれるのとも違う。かといってデルセスタ棒術・鬼心のように意思を持たせるのとも違う。
 ヌロゥ自らは武器を持たないままに目の前にした戦士と戦っている。まったく操っているという様相が見えない。
 空気により剣を操る。武器を持たない徒手空拳。恐らくは普段の戦闘ではないはずなのに、ヌロゥは容易くこなし、隙を与えない。
「……こうなれば、神容を」
 セラがヅォイァのそばに来たところで、従者はそう口にした。ウェル・ザデレァでヌロゥを動けぬまでにしたヅォイァのデルセスタ棒術の奥義。その身を若返らせるだけでなく、絶大な力を発揮するものだが、使用後、ヅォイァは三日三晩動けなくなってしまう諸刃の剣なのだ。
「ジルェアス嬢、時間の稼いでくれるか? 俺が神容を使うまでの」
「……」
 セラは歪んだ剣を跳ね除けながら、一瞬考える。この場でヅォイァがヌロゥを止めておいてくれれば、他のみんなが別の場所へ向かえる。ヌロゥに対抗できる他の手として考えられるのは、セラ自身がヴェールのその先の力を発現させるくらい。しかしその可能性は限りなくゼロに近い。ここはヅォイァに任せるのが一番か。
「わかりました。お願いします」
 セラが頷くとほとんど同時に、居住区の奥に空いた襲撃の入り口に向かって光の筋が一本、まっすぐと突き進んでいった。
 セラはその光から魔素を感じた。光の出どころの方向にヒュエリ・ティーがいるのも確認できた。なにをしようとしているのかは、大方推測できた。それは敵のヌロゥも同じようで、セラと同時に呟く。
「閉じる気か」
「閉じようとしてる」
 するとヌロゥはらしくなく、この場の戦いから離脱しようと動き出した。ちょうど相手をしていたジュランをぬらっと躱して、光の元へと移動しようとした。
 すかさずセラはオーウィンを振るいながらナパードで止める。だがその攻撃はヌロゥが今しがた指輪から取り出した新たな歪んだ剣で受け止められた。
「悪いな、舞い花。一度預ける。閉じられては楽しみが減るからな」
「?」ヌロゥの物言いを訝るセラだが、それとは関係なく彼女の心は決まっている。「行かせるわけないっ!」
 二人は走りながら攻防を繰り返す。そこにセラの仲間たちも加わるが、ヌロゥは歩を緩めはすれども止まらなかった。
 そうしてしばらくすると、スウィ・フォリクァに大勢の気配が入り込んできた。
「敵の増援……」ヅォイァはそこまで言って、ヌロゥの表情を見て考えかえたようだった。「ではなさそうだな。こちら側か」
「はい!」
 セラは笑顔で頷く。ジュランやプライ、それからビュソノータスの戦士たちが現れた時も当然うれしかった。それでも今回ばかりは、想像以上の増援だった。
 彼らが来るとは、思っていなかった。彼らはまだ、世界規模の大事件からの復興で忙しいはずだから。
「邪魔だ!」
 増援に対して早々にヒュエリの元へ向かおうとするヌロゥ。その凶刃が増援の者たちを感じ取って僅かばかり気がそれたラスドールに迫った。
 その歪んだ刃が、止まる。
「防御がなってないな、ラス。やっぱり俺の障壁がないと駄目だな、お前は」
「……ノル!」
 障壁のマカがラスドールを守り、彼の背後にはうねった髪の魔闘士のルウェインが小さなヒュエリの幽体と共に立っていた。
 そう。増援は魔導世界ホワッグマーラからだった。
「セラちゃん!」
 白いワンピースの小ヒュエリがセラの元へふらっと浮いて寄ってきた。
「皆さんが! 皆さんが来てくれました! ユフォンくんのおかげです! 魔素タンクも、魔闘士もたくさん! これで、穴を閉じられます! さすがわたしの弟子ですね、ユフォンくんは! 機転が利きすぎです!」
 かなり興奮していた。戦場に姿を現しているということも忘れているようだ。
「ヒュエリさん、攻撃される前に、本体にっ……」
 すぐさま察知したヌロゥがヒュエリに襲い掛かってきたのを、セラは止める。そして跳ね除ける。
「……戻ってください!」
「は、はい……!」
 興奮は急激に冷め、怯えた表情で消えようとするヒュエリをヌロゥは睨む。
「余計なことをするな!」
 ヌロゥ本人ではなく、宙に浮いた剣たちが幽体に迫った。
「はわっ……!」
 恐怖ですくんだか、すぐに消えればいいものをヒュエリはその場で体を縮こまらせてしまった。が、大丈夫だった。
 障壁のマカの達人が仲間に傷を負わせなかった。
「司書ちゃん、送ってくれてありがとう」
「……ノルウェインさん、守ってくれてありがとうございます!」
 ペコっと頭を下げて、球状の障壁の中から消えたヒュエリ。気配まで完全にその場から消える。
「僕が代表していうのは変かもしれないけど」ノルウェインはセラたちを見回す。特にセラとズィーは他よりも長めに視線を合わせた。「評議会への恩はしっかり返させてもらうよ」
 先ほどまで細かった光の筋が、大樹のように太くなって穴を縮めはじめた。

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