碧き舞い花

御島いる

479:出自

 評議棟の部屋たちはそれぞれ壁が厚い。扉を締め切ると、鋭く耳を澄ませなければ音は届かないようになっている。内からも外からも。
 そんな中でも、ゼィロスは声を抑えて口を開く。
「お前が俺もとへ来てから、まずはじめにヌォンテェのもとを訪ねたな」
「うん」
「あのとき、『神降ろしの巫女』であるヌォンテェが俺とお前、それにビズが血縁かと聞いたのを覚えているか? 俺がそうだと答えたことも」
「うん……でも、違うんでしょ?」
「話を急ぐな」ゼィロスは首をゆっくりと横に振る。「あのヌォンテェが血縁者と感じる程、俺たちは近しいものなんだ。これを家族といって差支えあるか? 俺はないと思っている。当然にな。それを念頭に置いたうえで、これからの話を聞いてほしい。俺は決してお前を騙していたわけではない。いや、俺だけでなく、レオもフィーも、ビズもスゥラもだ。むしろ皆がお前を異物と扱わずにいたことが、ヌォンテェをもってしても見抜けぬ絆を生み出した」
「うん、大丈夫。意外と落ち着いてる。ちょっとショックだけど、さっき外で聞いた伯父さんの言葉が支えになってくれてる。それにヌォンテェの実力も知ってるから」
 セラは眉をわずかに顰めながらも笑みを浮かべて肩を竦めた。
「なら、話すぞ」
 伯父の確認に、セラは強く静かに頷く。
 それにゼィロスが頷き返し、語られる。
「まず、兄だが。実はお前はすでに会っているんだ。双子の兄に」
「ぁぁっ……」
 サファイアが見開かれる。口元を覆った手に湿った吐息がかかる。名を聞くまでもなく、セラの頭に浮かぶの顔がある。まるで鏡を見ているようだと感じた、彼の顔が。
「ノア……」
「そうだ。ナパスではセブルスと名付けられたが、言葉を理解する前にヲーンへ跳んでしまったからな、ノアもその名を知らない。報告が終わったら、俺と一緒に話をしに行こう。彼にも知る権利がある……ん? どうしたセラ、さすがにすぐには信じられないか」
「ううん、信じるよ。ノアと兄妹だって、納得できる」
「まあ、あれだけ顔が似ていればな」
「違うの、伯父さん。わたし、男装したでしょ、フェリ・グラデムへ行ったとき。あのときに、わたしセブルスって名乗ったの。口が自然とその名前を出したの」
「なんと……ふっ、知っていたのかもな。母親の腹の中で何度も聞いたことだろうからな」ゼィロスは驚きながらも微笑ましく言った。そして近くにあった卵型の椅子に座る。「それでその母親のことだが、彼女はフィーの親友で、名前をクァスティアという」
 セラは息を呑んだ。しかしゼィロスはわずかに俯いていて、それに気付かなかったのか、続ける。
「セラも知っているだろうが、ノアは生まれてすぐにナパードでナパスの外へ出てしまった。その彼を探すために、お前を親友のフィーに預けたんだ。……しかし」
 声の調子を落とすゼィロス。
「彼女が戻ってくることはなかった。妹のために俺も彼女とノアを探したが、見付かったのはノアだけだった。ここまで話しておいてお前を本当の母に会わせることができないのは、残念だ。それにクァスティアは父親のことも話さなかった。フィーにすら、頑なに。まあ、こんなところか……とりあえず、お前の報告を聞いて、それからヲーンへ行こう」
 ここでようやく顔を姪へ向けた伯父は、彼女が上の空で立ち尽くしている姿に気付いた。
 不意に、セラの瞳から涙が流れた。
 ゼィロスは立ち上がり、彼女の寄り添った。「セラっ?」
 沈痛な面持ち。セラの中に複雑な感情が蠢いていた。確認はしていない。だが、伯父の言うクァスティアはセラの知るクァスティアなのだろう。そして、それが意味することが、彼女の記憶にある粒たちを一つの宝石とする。哀しくも、己の使命をより強固にする事実という宝石に。
 セラは彼女を心配し椅子へ座るよう促す伯父に尋ねる。
「ねぇ、伯父さん。わたしはセラフィ・ブレファン・ラミューズだったかもしれない?」
「!?」
 反応が答えを語っていた。
「セラ……クァスティアに会ったことがあるのかっ?」
「うん、漂流地で」
「聞いてなかった」
「あのときは評議会が発足したばっかりで、『夜霧』に関わること以外は話せなかった」
「そうか。いやしかし、まさか母にまで会っているとは」
「もしかしたら、父親もわかったかもしれない……。ちゃんと確かめないといけないけど、たぶん確実」
 クァスティアがセラの実母。セラの母がフェルだと言った邪神フュレイ。神々の言う双子。セラの中に眠る神の力。『白昼に訪れし闇夜』が口にしたクァスティアの名。
「わたしは……ヴェィルの子」
「どういう、ことだ……!?」
「ヴェィルは、クァスティアさんの名前を。わたしを見て」
 ゼィロスの顔に力が入る。
「……なるほど……ヴェィルがクァスティアを知り、それでいてフェルというものが、母でなければ。お前の中に眠る力……」ゼィロスは情報を噛み潰し、なんとか頭に理解させようとしているようだった。「そうなるか……っ」
 部屋はそうして静まり返った。

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