碧き舞い花
459:ごめんなさいっ!
「竜鱗草の再現はどちらかといえば簡単な方だったわね」
ネルはそう胸を張って締めくくった。
セラの相づちすら許さないほど熱を込めて、逆鱗花の再現について懐かしみながら語り切ったネルはとても満足そうに、降り注ぐ月光を見上げた。
途中に自慢を交えながら語った彼女の話からそんな自慢話を抜きにして書くとこうなる。
まずはじめに葉と花を、セラの資料を取ったのと同じようにくまなく調べ上げた。そうして記録を取ったのち、乾燥した花を常温にした再生の水に浸した。すると、元々花を土に埋めれば次世代の株が育つ逆鱗花の生命力は凄まじく、花から新芽が芽吹いた。しかしそれをそのままトラセークァスの大地に植え、再生の水を与え続けたがどうにも育つ様子がない。水の効果によって枯れることはなかったが。
そこで次に場を整えにかかった。特別な空間である保管庫の中に虹架諸島の庭園の環境を作った。空気の薄い高高度の洞窟のような森、その中の月下の花園を。この時なぜ太陽光を用意できなかったかというと、庭園を真似するために鬱蒼とした光の通らない森を作ろうと多くの木々を植えたが、それだけでは再現できず、辺りを強情ランタンで囲み一帯を光のない夜にしているからだ。強情に夜を作るランタンが辛うじて許すのが月の光なのだ。
そうして出来上がった庭園をより本物に近付けるために、土に粉末と化した葉っぱを混ぜながら耕し、そこに新芽を植え替えると見る見るうちに育ったのだった。あとは他の花を同じように再生させ、植え替えたことでネルの庭園は完全に完成した。
「簡単な方って言うけど、結構時間かかってるでしょ?」セラは調子を戻したと見たネルに意地悪な笑みを向けた。「あ、そっか。力仕事は全部ハンサンさんにやってもらってるのか」
「なっ、ちが、わなくは、ない、ですけど! 得手不得手で役割を分担するのは当然のことですわっ! その方が合理的で効率的に物事が進みますからね! もちろん、ほったらかしにはしませんし、手が空けばわたしだって手伝うこともあります。わたしの研究ですものっ!」
ふんっとセラから顔を背けるネル。その頬は子どもっぽく膨らんでいる。本気で憤っているわけではないのは一目瞭然だった。このまま、本題へと向かうだろう。セラがそう思っている、そっぽを向いていたネルの顔が戻ってきてセラとサファイアを交錯させる。
「……ネル――」
「待って!」
セラが先んじて本題へ入ろうとしたところで、ネルが手で制した。
「……待って、わたしから。わたしから話さないと、いけないことだから……あなたは、なにも悪くないんだから……」
とは言ったものの、ネルは口を閉ざす。
それから幾度かネルのサファイアが泳ぎ、眉間にしわが寄ったり、悲しそうな顔をしたりする間が置かれ、ついに意を決したように彼女の瑞々しい唇が開いた。
「ごめんなさいっ!」
ゴールドの髪が暴れる程に頭を下げたネル。すぐさま再び髪を暴れさせ、セラを真正面に捉える。
「わたしの怒りは理不尽でした。あなたは誰でもそうするように、行動しただけなのに……」
「そんな、わたしも不用意だったよ。ちゃんと確認してから入ればよかったわけだし」
「いいえ。昨日も言いましたが、わたしが強く念を押していればあなたは影光盤すら触らなかったはずです。好奇心があったとしても、わたしが本気で嫌がることしないはず…………あなたはわたしと、その……仲良くしようと考えている人なんですから」
セラは少しうれしくなって口角を上げた。「ネルっ!」
「違います。これは事実を言っただけで、まだ仲良くなったなんて言ってませんからね?」
セラは何も言わず、ふふんと破顔だけした。『まだ、言っていない』なんだなと、今後に心から期待しながら。
「……むぅ」ネルは可憐に歯噛みしてから、頭をぶんぶんと振った。「いいですか! ここからは本当に、真面目なお話です」
ネルは口を止めずに中空に手をかざし、影光盤をどこからともなく現出させた。セラが裏から見るその半透明な盤面には昨日セラが触れた『護り石と魔素石及び魔素金属』の資料が表示されていた。
「あなたが今のように気に病んで研究に支障が出たり、勝手な想像であたしとお母様の思い出を描かれては困りますから、ちゃんと話します!」
ネルは盤に手を触れた。すると空間が揺らぐ。
「わたしとお母様のことも、わたしがどうしてあらゆる世界のあらゆるものを研究して、再現……保全活動をしているのかも」
セラは花園から石や金属の隊列へと移りゆく景色の中、優しく頷く。「うん。ちゃんと聞くよ」
そうして目に映るものが完全に変わったところで、ネルは付け加えるように力強く呟く。
「それに、これはお母様との約束でもありますから」
「約束?」
「ええ。それも含めて、まずはお母様についてお話して差し上げますわ」
ネルはそう胸を張って締めくくった。
セラの相づちすら許さないほど熱を込めて、逆鱗花の再現について懐かしみながら語り切ったネルはとても満足そうに、降り注ぐ月光を見上げた。
途中に自慢を交えながら語った彼女の話からそんな自慢話を抜きにして書くとこうなる。
まずはじめに葉と花を、セラの資料を取ったのと同じようにくまなく調べ上げた。そうして記録を取ったのち、乾燥した花を常温にした再生の水に浸した。すると、元々花を土に埋めれば次世代の株が育つ逆鱗花の生命力は凄まじく、花から新芽が芽吹いた。しかしそれをそのままトラセークァスの大地に植え、再生の水を与え続けたがどうにも育つ様子がない。水の効果によって枯れることはなかったが。
そこで次に場を整えにかかった。特別な空間である保管庫の中に虹架諸島の庭園の環境を作った。空気の薄い高高度の洞窟のような森、その中の月下の花園を。この時なぜ太陽光を用意できなかったかというと、庭園を真似するために鬱蒼とした光の通らない森を作ろうと多くの木々を植えたが、それだけでは再現できず、辺りを強情ランタンで囲み一帯を光のない夜にしているからだ。強情に夜を作るランタンが辛うじて許すのが月の光なのだ。
そうして出来上がった庭園をより本物に近付けるために、土に粉末と化した葉っぱを混ぜながら耕し、そこに新芽を植え替えると見る見るうちに育ったのだった。あとは他の花を同じように再生させ、植え替えたことでネルの庭園は完全に完成した。
「簡単な方って言うけど、結構時間かかってるでしょ?」セラは調子を戻したと見たネルに意地悪な笑みを向けた。「あ、そっか。力仕事は全部ハンサンさんにやってもらってるのか」
「なっ、ちが、わなくは、ない、ですけど! 得手不得手で役割を分担するのは当然のことですわっ! その方が合理的で効率的に物事が進みますからね! もちろん、ほったらかしにはしませんし、手が空けばわたしだって手伝うこともあります。わたしの研究ですものっ!」
ふんっとセラから顔を背けるネル。その頬は子どもっぽく膨らんでいる。本気で憤っているわけではないのは一目瞭然だった。このまま、本題へと向かうだろう。セラがそう思っている、そっぽを向いていたネルの顔が戻ってきてセラとサファイアを交錯させる。
「……ネル――」
「待って!」
セラが先んじて本題へ入ろうとしたところで、ネルが手で制した。
「……待って、わたしから。わたしから話さないと、いけないことだから……あなたは、なにも悪くないんだから……」
とは言ったものの、ネルは口を閉ざす。
それから幾度かネルのサファイアが泳ぎ、眉間にしわが寄ったり、悲しそうな顔をしたりする間が置かれ、ついに意を決したように彼女の瑞々しい唇が開いた。
「ごめんなさいっ!」
ゴールドの髪が暴れる程に頭を下げたネル。すぐさま再び髪を暴れさせ、セラを真正面に捉える。
「わたしの怒りは理不尽でした。あなたは誰でもそうするように、行動しただけなのに……」
「そんな、わたしも不用意だったよ。ちゃんと確認してから入ればよかったわけだし」
「いいえ。昨日も言いましたが、わたしが強く念を押していればあなたは影光盤すら触らなかったはずです。好奇心があったとしても、わたしが本気で嫌がることしないはず…………あなたはわたしと、その……仲良くしようと考えている人なんですから」
セラは少しうれしくなって口角を上げた。「ネルっ!」
「違います。これは事実を言っただけで、まだ仲良くなったなんて言ってませんからね?」
セラは何も言わず、ふふんと破顔だけした。『まだ、言っていない』なんだなと、今後に心から期待しながら。
「……むぅ」ネルは可憐に歯噛みしてから、頭をぶんぶんと振った。「いいですか! ここからは本当に、真面目なお話です」
ネルは口を止めずに中空に手をかざし、影光盤をどこからともなく現出させた。セラが裏から見るその半透明な盤面には昨日セラが触れた『護り石と魔素石及び魔素金属』の資料が表示されていた。
「あなたが今のように気に病んで研究に支障が出たり、勝手な想像であたしとお母様の思い出を描かれては困りますから、ちゃんと話します!」
ネルは盤に手を触れた。すると空間が揺らぐ。
「わたしとお母様のことも、わたしがどうしてあらゆる世界のあらゆるものを研究して、再現……保全活動をしているのかも」
セラは花園から石や金属の隊列へと移りゆく景色の中、優しく頷く。「うん。ちゃんと聞くよ」
そうして目に映るものが完全に変わったところで、ネルは付け加えるように力強く呟く。
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