碧き舞い花

御島いる

457:橋渡し

 その日、いつも通りを数回繰り返したセラの悪夢にフュレイの姿が現れた。
 場所は普段通り、燃えるエレ・ナパス。状況もズィーと共にガフドロとの対峙。そこに異質なほど浮き上がった白き少女の姿。燃える屋根の上からじっとセラたちを見つめているのを、セラは見つけた。
 セラは目覚めの時が近いのだろうと自覚して夢の世界に立っていた。事実エァンダのときもそうだった。普段の夢に特異なことが起きるときは、それを最後に目覚めるのだ。
 エァンダのときは彼もセラと夢で会話したことを覚えていた。彼からセラに干渉してきたのだろうとセラは思っている。なにかそういった技術があるのだと。
 しかしフュレイはそうではないだろう。手を握って眠ったことに影響を受けたのだろうか。ここで会話をしたら、起きた後に彼女はその会話を覚えているのだろうか。そんなことを考えながらも、夢は進み、ズィーにガフドロの凶刃が振るわれた。
 結果はわかっていても、セラは彼を助けようと駆けだす。毎回のことだ。せめてエァンダのときのようにあの力が発現すればいいのだが、そうはならずに『紅蓮騎士』は伏してしまう。今回もまたそうなのだ。
 と、振り下ろされる大剣が動きを止めた。
 違う――。
 セラは動きを止め、辺りを見回す。
 止まっているのはガフドロの攻撃だけではない。ズィーも、燃え盛る炎も、崩れゆく建物も止まっているではないか。それに、世界から色が失せていた。
 その中で色を持ち、動くことができるのはセラ。そして、フュレイだけだった。
 先程まで屋根の上にいたフュレイの姿が、ガフドロの後方にあった。小さな足取りで悠然とセラの方へ向かってくる。途中、ガフドロとズィーを一瞥する。そうして再びセラを捉えた目はあどけなさのない鋭いもので、それでいて真っ黒に染まっていた。
「――!?」
 声を洩らす間もなく、セラは身体を大きく吹き飛ばされた。
 それと同時に、目が――。


 覚める。
 上体を激しく起こす。
 軽く上がる息。それを整えながら横に目を向ける。
 サファイアにはあどけなく眠るフュレイの姿があった。すやすやと寝息を立てる彼女には、さっきの夢の面影など全くなかった。
 目が良いことの原因がわからないフュレイに対して、突拍子もない夢を見た。セラはそう思う。目という共通点が結びつき、セラの知る驚異的な神の力を夢の世界に現れた少女に与えてしまったのだろうと。
「っんん~……」
 愛おしい唸り声がする。フュレイが目を覚ましたようだ。
「……セラ、お姉ちゃん…………」
 ぱちりと開いた瞳が、セラを見上げた。
「ごめん、起こしちゃったね」
 カーテンの隙間から入る柔らかな朝日もあるだろうが、自分が跳ね起きてしまったことが一番の原因だろう。セラは謝りながら彼女の頭を撫でた。すると少女はにっこりと目を細めた。


 フュレイとの約束通り、セラは二人でネルの部屋へと向かった。
 個人的には朝食のあと、鍛錬の前に時間を作って話をしようと思っていたせらだったが、フュレイがあまりにも急かすので折れることにした。
 こんこん――。
 小さな手で扉を叩くフュレイ。次いで部屋の中に声をかける。「ネルお姉ちゃん? 起きてる?」
「……」扉が軋む音がしてから忍び足で扉から離れる足音がセラには聞こえた。そうして部屋の奥の方からネルの声がした。「起きてるわよー」
 その返事のあと優しく扉が開かれ、ドレス姿のネルが顔を出した。今フュレイが声をかけるまで彼女の気配は扉のすぐ向こうにあった。離れていく足音を聞く以前にセラには、彼女が昨晩から扉の前に留まっていたことがわかった。
「おはよう、フュレイ。こんなに朝早くどうし……」
 声でフュレイが尋ねてきたことを承知で扉を開いたネルフォーネ。心なしか腫れたその目は下を向いていたが、白き少女の背後に人影を認めて視線を上げると、口をつぐんだ。
 彼女の態度に、セラは気まずく、そして騙したような形になったことを申し訳なく思いながらもしっかりと目を合わせる。
 ここまでセラが声を発しなかったのは、彼女がいることでネルが出てこないという事態を防ぐための、フュレイの提案だった。目のことを誰も信じないだろうと隠していたり、今回といい、なかなか大人びた考えができるのがフュレイという子だ。そういう子だからこそ、半ば強引にこの場を作れたのだろう。橋渡し役を進んで申し出たのだろう。
「……あら、あなたもいたの」
 わずかな間の後に、取り繕うように友好的な表情をセラに向けるネル。子どもの前ということを意識しているのだろうが、フュレイはすでに二人の仲が芳しくないことを知っている。昨夜の出来事のことを。
「ネル。フュレイちゃんは昨日のこと、知ってる」
「!?」ネルはセラを細めた目で睨むと、次いでどこか憂いを帯びた優しげな表情でフュレイに訊く。「……そう、なの?」
「喧嘩は駄目だよ」
「……」
 ネルは少女から目を逸らし、ばつが悪そうに床を見つめる。そんな彼女にセラは真剣に声をかける。
「ネル――」
 呼びかけに答えるように上がったネルの顔。その口が動くのと同時にセラも二の句を告げた。
「――話そう」
「話しをしましょう」
 二つの声が重なった。

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