碧き舞い花
452:見つめる先にある背中
「以前説明しましたよね、この森の木の治癒力の高さは」
「うん。でもそれがなに?」
「切断の訓練に使います。普通の草木では自然破壊になってしまいますが、ここの木であれば、他愛ないことですわ。見ていないさい」
言って、ネルは広場を囲む木々の中から適当に一本を選び、その木が横に向かって伸ばした細い枝を見つめた。するとぺきぺきと音を立て、枝が千切れ落ちた。
ネルは落ちた枝に近付き拾い上げると、もとの場所へと掲げた。そうして切断部分どうしを合わせると、みるみるうちに枝は元通りになった。
「なるほど。確かに自然破壊にはならないね」セラは二つの意味で得心して頷く。「それにもう知ってるってそういうことか」
今しがたネルが見せた切断。それはセラがすでに知っていた空間伸縮の応用だったのだ。
「そうですわ」ネルは勝ちに胸を張って鼻を鳴らした。「これは急加速と同じ、局所的な空間伸縮ですのよ」
「急加速は圧縮で、切断は拡大。これからは局所的なトラセードの練習も――」
「……」
「ああ、ごめんごめん。説明、続けて」
「続けてと言われましても、いまあなたが言った通りですわ。つまりはここからは普段の空間伸縮に加えて、局所伸縮の練習を見てあげますわ。あなたはすでに一人でやられていたようですけど」
「これからはネルと一緒にできるってことだね」
「っ……。いいから、やってごらんなさい」
「うん」
セラはさっきネルが切断し、修復したばかりの枝に空間の拡大を仕掛けた。
「んー、駄目か……」
「さすがのあなたでも、こればっかりはすんなりといかないようですね」
枝を見つめるだけ見つめてなにも起こせないセラを見て、ネルは嬉しそうにくすくす笑う。
「切断に関していえば、対象を含んだ小さな空間を一気に膨らますのがコツですわ」
「うわ、めずらしいね、ネルがコツ教えてくれるなんて」
「べ、別に、なんの感情の変化もありませんわよっ。ただ、空間拡大による切断は他と違って直接的な破壊行為ですから、気安く学んでもらっては困るというだけです」
「剣を握ってるんだよ? わたし。力は無闇に振るっちゃいけないことなんて、もう知ってるよ。それこそ、これに関してはネル以上に」
長い時間をかけて敵に対しては容赦なく剣を振るえるようになったセラだが、やはり敵ではない者にはそうはいかない。ヅォイァやハンサンに対して本気を出しているつもりでも、そうではなかった。実力では申し分なく敵に対した時と同じものを出せていたが、気持ちが抑止力となっているのだ。
だがこの抑止力があることで、セラは自身が未だに人の命を軽く見ていないのだと知ることができた。
これから先、戦いに身を置き続ける中でこの抑止力を保っていられるのだろうか。いつしか、なにかの拍子に制止が利かなくなってしまうことがあるのだろうか。竜化による暴走のように。
ふと過る暗い考え。だが、それはネルの素っ気ない声によって深みにはまらずに済む。
「そうですか。まあ、気安く学んでもらっては困ると言いましたが、動く対象に切断を仕掛けるなんて至極難しいことですわ。わたしでもできませんもの」
「え、そうなの?」
「ええ。そもそも使う機会がないですし。せいぜい枝を切るくらいですわ」
「そっか。やっぱエァンダはすごいな」
思い返すのはビュソノータス。兄弟子が異空の怪物の腕を千切り落としたときのことだ。決して動きが早かったとは言い難いが、それでも戦闘中にそれを行った。止まっている今できないセラとの差は言うまでもない。
「当然ですわ。生みの親ですもの」
「絶対に追いつくから」
セラは挑戦的な瞳で、また枝を見つめる。枝の向こうに兄弟子の背中を想いながら。
「うん。でもそれがなに?」
「切断の訓練に使います。普通の草木では自然破壊になってしまいますが、ここの木であれば、他愛ないことですわ。見ていないさい」
言って、ネルは広場を囲む木々の中から適当に一本を選び、その木が横に向かって伸ばした細い枝を見つめた。するとぺきぺきと音を立て、枝が千切れ落ちた。
ネルは落ちた枝に近付き拾い上げると、もとの場所へと掲げた。そうして切断部分どうしを合わせると、みるみるうちに枝は元通りになった。
「なるほど。確かに自然破壊にはならないね」セラは二つの意味で得心して頷く。「それにもう知ってるってそういうことか」
今しがたネルが見せた切断。それはセラがすでに知っていた空間伸縮の応用だったのだ。
「そうですわ」ネルは勝ちに胸を張って鼻を鳴らした。「これは急加速と同じ、局所的な空間伸縮ですのよ」
「急加速は圧縮で、切断は拡大。これからは局所的なトラセードの練習も――」
「……」
「ああ、ごめんごめん。説明、続けて」
「続けてと言われましても、いまあなたが言った通りですわ。つまりはここからは普段の空間伸縮に加えて、局所伸縮の練習を見てあげますわ。あなたはすでに一人でやられていたようですけど」
「これからはネルと一緒にできるってことだね」
「っ……。いいから、やってごらんなさい」
「うん」
セラはさっきネルが切断し、修復したばかりの枝に空間の拡大を仕掛けた。
「んー、駄目か……」
「さすがのあなたでも、こればっかりはすんなりといかないようですね」
枝を見つめるだけ見つめてなにも起こせないセラを見て、ネルは嬉しそうにくすくす笑う。
「切断に関していえば、対象を含んだ小さな空間を一気に膨らますのがコツですわ」
「うわ、めずらしいね、ネルがコツ教えてくれるなんて」
「べ、別に、なんの感情の変化もありませんわよっ。ただ、空間拡大による切断は他と違って直接的な破壊行為ですから、気安く学んでもらっては困るというだけです」
「剣を握ってるんだよ? わたし。力は無闇に振るっちゃいけないことなんて、もう知ってるよ。それこそ、これに関してはネル以上に」
長い時間をかけて敵に対しては容赦なく剣を振るえるようになったセラだが、やはり敵ではない者にはそうはいかない。ヅォイァやハンサンに対して本気を出しているつもりでも、そうではなかった。実力では申し分なく敵に対した時と同じものを出せていたが、気持ちが抑止力となっているのだ。
だがこの抑止力があることで、セラは自身が未だに人の命を軽く見ていないのだと知ることができた。
これから先、戦いに身を置き続ける中でこの抑止力を保っていられるのだろうか。いつしか、なにかの拍子に制止が利かなくなってしまうことがあるのだろうか。竜化による暴走のように。
ふと過る暗い考え。だが、それはネルの素っ気ない声によって深みにはまらずに済む。
「そうですか。まあ、気安く学んでもらっては困ると言いましたが、動く対象に切断を仕掛けるなんて至極難しいことですわ。わたしでもできませんもの」
「え、そうなの?」
「ええ。そもそも使う機会がないですし。せいぜい枝を切るくらいですわ」
「そっか。やっぱエァンダはすごいな」
思い返すのはビュソノータス。兄弟子が異空の怪物の腕を千切り落としたときのことだ。決して動きが早かったとは言い難いが、それでも戦闘中にそれを行った。止まっている今できないセラとの差は言うまでもない。
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