碧き舞い花

御島いる

436:真っ白な少女

 ネルはそれ以上セラのもとに留まらず、テーブルに着く子どもたち全員に逆鱗茶を注いで回った。逆鱗花の栽培について詳しく聞きたい衝動がセラの中にはあったが、子どもたちのウキウキとした表情に口を閉じた。
 そうしてネルがロォムの隣に戻る。彼女は子どもたちに確認の目を向けながらにっこりと笑う。
「それじゃあ、みんな、いい?」
 子どもたちはそれぞれネルに頷き返す。それにさらに頷きで応えると、ネルは手拍子をはじめた。するとどういうわけか、町を音楽が包み込んだ。賑やかでゆったりとした旋律を鼓笛が彩る。セラが彼女の手元を見ると、昨日ははめていなかった指輪が左右の人差し指に見受けられた。それを打ち鳴らすことで、音楽が奏でられているらしい。
 旋律に合わせるようにロォム以外の五人の子どもたちとネルが斉唱をはじめる。周囲の大人たちもネルの手拍子に合わせるように参加しているのを確認し、セラも衝動を片隅に手拍子に交わった。




 ここにいる あなたにありがとう
 あなたは みんなの宝物
 今日はすてきな日
 さあ みんなで 手を叩こう


 ここにいる みんなにありがとう
 みんなは わたしの宝物
 明日もすてきな日
 さあ みんなで 手を繋ごう




 子どもたちの歌唱の最中、セラは何者かの視線を感じてちらりとその方向に目を向けた。
 そこは花壇の向こうにある家で、窓から真っ白という印象の女の子が覗いていた。セラと目が合うと、さっと陰に身を隠した。
 その子のことを気にする暇もなく、歌は終わり、町が拍手に包まれた。セラもロォムを笑顔で祝福する。
「ハンサン」
 鳴り止まぬ拍手の中、ネルが従者の名を呼んだ。すると返事より早くハンサンがケーキを手にやってきて、ロォムの前に置いた。
「お誕生日、おめでとう、ロォム!!」
 ネルが拍手を覆うようにそう言うと、町の至る所で水泡が爆ぜるような音が連続して鳴った。その可愛らしい祝砲が鳴り止むと、ハンサンによって他の子どもたちにロォムのものより一回り小さなケーキが配膳される。そしてセラの前にも。
「セラさんも、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ちょっと、ハンサン」ネルがわずかばかり眉を顰める。「それはフュレイの分ではないの?」
「そうですよ」
「そうですよ、ってあなた」
 呆れる素振りを見せるネルを余所にセラはハンサンに尋ねる。「フュレイ?」
「ええ、私の孫娘です。先程目が合っていましたよね、あの子がフュレイです」
「あの子が……」セラはさっきの家を一瞥してから問う。「どうして家の中に? ケーキが用意されてるってことは、パーティに参加するはずだったんじゃ……あ、わたしが座ってる椅子も本来はその子が」
 セラが座る席はネルの席でもなかったらしい。もう一人の少女のためのものだったのだ。
「フュレイは身体が弱いんだよ」
 ハンサンより早くワンザが答えを出した。彼の言葉に子どもたちも頷く。
 セラの隣のミキュアが続く。「いつもは外に出られるの。でも今日はいつもより調子が悪いんだって。心配……」
「ありがとう、ミキュア。みんなも」ハンサンは柔和に子どもたちを見回す。「フュレイもみんながお友達でいてくれてよかったと思ってるよ。でも、今日はロォムくんの誕生日。フュレイの心配より、ロォムくんのお祝いをした方がいいね。フュレイも自分のせいでロォムくんの誕生日を台無しにしてしまうんじゃないかって、心配してたよ。フュレイのためにも、今はパーティを楽しんでくれるかい?」
 はい。うん。
 二つの返事が合わせて六人分。それに対して優しく笑むと、ハンサンはセラに向き直る。
「セラさん、遠慮せずに食べてください。フュレイにはまたあとで同じものを作ってあげるので」
 微笑みを返すセラ。「わかりました。お言葉に甘えて、いただきます。今度、フュレイちゃんにも会わせてください」
「ええ、もちろん。彼女も喜びます」
 ネルがサファイアを細めてセラを見る。
「薬草術の知識でなにかできないか、なんて考えてるなら傲りよ、あなた。わたしでさえなにもできないんですからね」
「……そっか。なにか役に立てればと思ったけど。でも、友達にはなれるでしょ? ネルともなれたし」
「な、なってませんわよ!」
「子どもたちに嘘吐くの?」
「むぅ……」ゴールドがプラチナに近付く。声を顰めて。「今日、この時だけです。わたしとあなたの友達関係はっ」
「ほんとにそうかなぁ?」
「当たり前です!」
「そっか。でもまあいいや、まずは第一歩ってことで」
「二歩目はありませんわ」
「どうだろうね」
「ありません」
「なんだよ、ネル姉ちゃん。ケーキ食いたいの?」
 白熱したネルの一言に、ワンザが反応してにやけた。
「ワンザ。ケーキの話じゃないのよ。全く意味のない話。ほら、みんなケーキをお食べ」
 いただきまーす!
 子どもたちの元気な声。きっとこの声はフュレイにも届いているだろうと、セラは三度みたび、彼女のいた家に目を向ける。
 そこには先ほど隠れたはずのフュレイが、じっとセラのことを見つめる姿があった。今度は目が合っても引っ込まなかったので、セラは笑顔で手を振った。
 白い少女は手を振り返さなかったが、その小さな手をそっと窓に触れた。

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