碧き舞い花

御島いる

428:仲良くなれますよ、きっと。

「ネルお嬢様!」
 手をはたかれ呆気に取られているセラを余所に、老人が彼女を咎める。
「だって! この子、わたしじゃなくハンサンが先生だと思ってたのよ? これくらい当然の報いよ」
「セラフィさんは知らなかったんですよ。それをお嬢様ときたら、子供じみたことを」
「なによ。若い女の手を握れてさぞ嬉しかったことでしょうね」
「そんなことはありません」
「あるわ」
「あーはいはい、そう怒るなよネル」エァンダがポンポンとネルの頭を叩く。「教えてくれるって約束しただろ?」
「もちろん、エァンの頼みだもの。ちゃんとやるわ。この子がちゃんと覚えるかどうかは、知らないけどね」
「セラなら問題ない」
「む」ネルはセラをキッと睨んだ。「あなた、エァンのなんなの!」
「……え?」
 手をはたかれたのなんてキノセ以来だ、そんなことを想いながら手を見つめていたセラ。ネルの問いに首を傾げながら返す。
「妹弟子、だけど」
「そんなの! もうエァンから聞いてるわ! そういうこと言ってるんじゃないの!」
「えっと、じゃあ……なに?」
「知らないっ!」ネルはふいっとそっぽを向き、その場から離れはじめる。「来なさい。このわたしが直々に教えてあげるんだから、早くなさい」
「……」
 セラは老人二人、そして兄弟子に目を向ける。
「そういうことだ、セラ」エァンダが口を開く。「ネルが教えてくれる。トラセードをちゃんと戦闘で使えるようになるまで、ここで修行していけ。ただ使えるだけじゃ駄目なのはお前が一番よくわかってるだろ。あの靄も部隊長も生半可な技術じゃ通用しない」
「うん、言われなくてもわかってるよ」
「極集中の方はそう簡単に身につかないだろうからさ、そっちはそこそこでもいい。その辺の判断はおじさんに任せるよ」
「もちろん、承ろう」
「ちょっと! 何をしているの! 行くわよ! それともナパスのお姫様は歩かないのかしら?」
 城の裏手に回ろうとしたところで、ネルが腕を組んで大声を上げた。
「姫ってことも話したの?」
「少しでも共通点があった方が仲良くやってくれると思ったんだけどな。逆効果っぽいな。悪い」
「申し訳ありませんね、セラフィさん」ハンサンが頭を下げた。「どうか、ネルお嬢様をお許しください」
「いえ、大丈夫です。仲良くなれますよ、きっと。こういうのはじめてじゃないですし」
「私の主より大人でいらっしゃる。場数の差ですかな」
「やめてください。わたしなんてまだまだ子供ですよ」
「ちょっと! 教わる気あるわけ?」
 ぷんすかと足を踏み鳴らし、ネルが吠える。
「じゃ、俺は王様連れて帰るから。頑張れよ、いろいろと」
「うん、ありがと」
 エァンダは群青を散らした。一度城の中に気配が移動し、そして、トラセークァスから完全に気配を消した。


 城の壁に背をつけて待つトラセスの姫のもとへ、セラは老人二人を連れて歩み寄った。そしていつにもまして朗らかなことを心掛けて声をかける。
「お待たせっ、ネル」
「気安くネルって呼ばないでくれるかしら」ネルは不機嫌極まりない表情でサファイアを細めた。「ネルフォーネ・ウォル・ベルトアリァス。ネルフォーネさんと呼びなさい」
「そんなこと言わないでよ、ネル。わたしはセラでいいよ。フルネームはさっき聞いてたよね?」
「ちょっと……」
「それで」セラは自身の従者を示す。「こっちがヅォイァさん」
「勝手に……」
「ヅォイァ・デュ・オイプだ。主共々よろしく、お姫様」
「よろしく……じゃなくて!」
「私もちゃんと自己紹介しておきましょう。ハンサン・ゲルディでございます。王城筆頭執事に兼ねて、ネルお嬢様の世話係をしております」
「ハンサンまで!」
「ほら行こう、ネル」
 セラはネルの手を取って歩きはじめる。
「ちょ! 離しなさいっ! こらぁ~」
「これだけ上から言うんだから、相当、教えるの上手いんだろうなぁ、ネルは」
「……っ」ネルはセラの手を振りほどく。そして、腕を組むと顎を上げたしたり顔で言う。「当たり前です。もし、あなたが空間伸縮を出来なかったら、それはあなたの素質の問題ですのよ?」
「エァンダが問題ないっていってたからなぁ~」セラはネルを視線から外してわざとらしい口ぶりで続ける。「わたしがトラセード全然覚えられなかったら、やっぱりネルに問題があるってことになると思うけどなぁ~。それにさ、エァンダ、がっかりするよねきっと。ネルのこと信じて頼んだんだろうしさぁ~」
「さ、さあ、行くわよ!」ネルはずかずかと独りで歩いていく。「徹底的にたたき込んであげるわ」
 セラは彼女の隣に駆け寄り並ぶ。そうして頬をぷくっと膨らませたネルの顔を覗き込む。「お願いしまーす、先生っ」
「あなた! 馬鹿にしてるでしょ!」
「してないよ。仲良くなりたいだけ」
「わたしは、渡界人と交流を深める気はありませんわっ」
「エァンダは?」
「……エァンは、特別よ」
「じゃあ、わたしも特別になれるように頑張ろっと」
「……なんなのあなた」
「セラだよ? ほら、ネル。セ、ラ。呼んでみて」
「い、や、よ」
「ふふっ。ま、いっか。少しずつね、少しずつ」
 セラはにこやかに肩を竦めるのであった。

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