碧き舞い花

御島いる

423:空白を生む告白

「単刀直入に、紛失した鍵は『悪魔の鍵』だけではないんです。『追憶の鍵』、『命の鍵』、『存在の鍵』、『知恵の鍵』そして『名無しの鍵』。どれも使用できる者は限られていますが、『夜霧』に全てが渡っているとしたら、最悪の事態です。そうじゃないにしても、どこかの誰かが偶然にも使えてしまうこともあり得ますし、大抵の人間は使えず、鍵を回せば最悪死に至ってしまう。そんなものを放置しておくわけにはいきません。扉の森の一員としてお願いします。鍵の捜索と回収を」
「確かに、異空の安全が脅かされる話だ。今後の評議会の方針に含めるべきだな」
「あーちょっと、ちょっと」ズィーが右手を開き、左手の人差し指だけを立てながら声を上げた。「もう一本は? 七本だろ、封印された鍵ってさ」
「もう一本は僕が持ってる」
 言って、サパルは鍵束から何の変哲もない一本の鍵を引き千切った。
「それ? すごい普通だな」
「違えよ、ズィー」エァンダがサパルの横で呆れる。「ビズの弟子なら察しろ」
「んなっ」
「僕の持っている鍵は『乖離の鍵』。これは話そうとしていたもう一つの方に関わるものなんですけど……」
 サパルは自身の左手に向けて鍵を回しだす。彼の左手に、輪郭線が浮かび上がる。鍵の形だ。
「そう!」エァンダは揚々と声を張った。「エレ・ナパス・バザディクァスは消えてないんだ!」






「なにを……言ってるんだ、エァンダ?」
 沈黙、というよりも空白。エァンダの発言が生み出した、がらんどうをようやく埋めたのはゼィロスだ。
「なにって、別に言葉遊びじゃないぞ。消えてるからないってわけじゃなくて、額面通りに消えてないんだよ、エレ・ナパスは。今もまだ存在してる」






「おいおい、みんなしてぽかんとすんなよ。それでも賢者様かよ。ほら、サパルの手、見てみ?」
 エァンダはひょいひょいと隣を指さす。その先には、サパルの左手。その上に、二重に見える鍵が載っていた。
 どれだけ目を凝らせど、わずかにずれた二つの像を見てしまう。セラは一度目を閉じて再度その鍵を見るが、やはり二重のままだった。しかし彼女の目がおかしくなったわけではないようだ。エァンダとサパル、それからルピ、そして盲目のイソラを除いた全員がどうにか実像を一つに捉えようと目を凝らしていた。
「安心してください、二重に見える鍵なんです。『乖離の鍵』は」
 そう説明すると、サパルはその手を握った。次に開くと、鍵は跡形もなく消えていた。
「僕はそもそも破界者を追う任を受け、扉の森を出ました。『乖離の鍵』を使える者として、破壊されていく世界を保持するために。そして最終的には破界者を止めるために。その中でエァンダに会ったわけです」
「そう。最初は協力する気なかったからすぐ別れたんだけどな。『夜霧』のエレ・ナパス侵攻に間に合えなかった時な、そういえば壊れてく世界を保持するとか言ってた奴がいたなって、思い出したわけだ。すぐに探し出して、エレ・ナパスを保持させた。代わりに破界者止めるのに協力することを条件に」
「破界者及び悪魔の一件は一段落したので、これからは僕の保持している世界を元に戻そうと考えています。これを他の鍵の件と重ねて評議会にお願いしたいんです」
 最後に頭を下げるサパル。そんな彼にンベリカが尋ねる。「サパル、君が保持しているという世界に、『夜霧』によって壊滅させられた世界もあるのか?」
「……エレ・ナパス・バザディクァスだけです」
「いや、悪い。ただ確認しただけだ。『夜霧』に関係ないのなら拒否するというつもりで言ったわけではない。俺はそれに関わらず、異空のためになるのだから賛成だ」
「わたくしも、構いませ~んよ。ちょうどいいではないです~か、ゼィロス様。故郷を元に戻せば、囚われの同胞方の居住地~も問題にならないです~し」
「そうだな。他の者は?」
 ゼィロスの問いかけに全員が頷いた。それに対して彼は頷き、サパルに向き直る。
「ところで、サパル。世界を元に戻すのに協力を仰ぐということは、鍵を開けるだけでは駄目なんだろう? なにが要る?」
 その問いに、サパルは芯の通った声で答えた。
「思い出です」

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