碧き舞い花

御島いる

411:ユフォン、離脱する

 セラは手の平に視線を落とし、自らに纏わるヴェールを見る。この力が未熟なものでなかったら。
 拳を握り、グローブを鳴らす。すると、碧き輝きが失せた。
「……」
 未来の可能性のことを考えても意味がない。今できることを捻りださなければ。その未来を迎えるためにも。
 オーウィンを納める。
 ちらりとテントの前、グースを見る。彼ならば策があるかもしれない。
 すぐそばにいるユフォンの姿が目に入る。テントの中には戻らなかったのだ。不甲斐ないが、彼を護るためにも、参謀将軍の知恵を借りるのが一番の手。今できることはそれだけだ。セラは思うと同時にテントの前へと移動した。
「グース! なにか手は?」
「あります。当然ね」
「じゃあなんで動かないの!」
「動かしていますよ、頭をね。一体誰が適任なのかと」
「適任? なんのっ? 時間がない、もうそこまで迫ってる!」
 急かすと、将軍ははてさてと腰巻としていた煌白布をその手に取った。「この煌白布の中にこことは別の空間を作ります。その中へ避難するのが最善でしょう」
「じゃあ、やって! みんなはわたしが連れてくる!」
「待ちなさい」
「なに!」
「煌白布内に作られた空間というのは、内側から自力では出ることはできないのですよ。たとえあなたでもです」
「……それって」
「誰か一人が外に残らなければいけません。脅威が去ったのち、煌白布の入り口を広げるために」
「そんなの無理に――」
「僕がやるよ!」
 セラの言葉を遮り、話に割って入ってきたのはユフォンだった。彼はグースに真っ直ぐと向き直る。
「その役目、僕にやらせてください」
「あなたが?」グースは嘲る。しかしすぐに、真剣な眼差しでユフォンに問う。「志願する根拠は?」
「幽体化のマカ。僕の師匠ヒュエリ・ティーが考案し、この異空中で二人しか使えないマカです。一人は考案者のヒュエリさん。そしてもう一人は」
 ユフォンは自身の胸元を二度ほど叩いた。
「弟子のあなた、というわけですね」
「適任者を考えていたのでしょう? それなら幽体化のマカが使える僕がうってつけです。幽体を外に残して、僕の本体は布の中に入れる。みんなが中に入れるってことです。一番いい結果でしょう?」
「確かにそうですね」
「じゃあ、僕は早速――」
「あなたが、というよりあなたの幽体ですか、それが本当に耐えきれるという保証があるのなら、ですが」
「そうだよユフォン。幽体といっても、準幽体だし、無敵じゃない。力に耐えきれなかったら消えちゃう。もし、耐えても、本体にも影響がある。そうでしょ?」
「……そうだ。確かにセラの言う通りさ。でも、保証する。僕は耐えてみせる」
 俯き、セラとは目を合わせずに言ったユフォン。それから再びグースに視線を向ける。
「やらせてください」
「……いいでしょう。あなたが私の想定外となってくれることを望みますよ」
「ちょっと、グース! どうして? ユフォンをちゃんと説得してよ! 無事で済むはずないっ……!」
 あのグースだ。本当にユフォンが想定外の存在となるだろうとは考えていないはずだ。自分の命もかかっている状況で、情報の少ない筆師を信じるような男ではない。ユフォンの命を軽く見ている。セラはそう思った。ユフォンが失敗しようとも自らが助かるよう、なにか別の策を講じているはずだと。
 ユフォンは乾いた笑みを浮かべる。「信じてくれないんだね、セラは……ははっ」
「! そういうわけじゃ……。わたしはユフォンが心配で。グースがこんな簡単に――」
 そっぽを向いてブレスレットの水晶を光らせるユフォン。すぐには幽体が出現せず、集中する。そんな彼の背を見て黙り込んだセラ。
 淡々とグースが告げる。
「さあ、舞い花。皆さんを連れてきてください。速やかに」
「……っ」
 キッと将軍を睨みつけると、セラは再度ユフォンに目を向ける。彼の身体からマカが抜け出し、徐々に幽体を作り上げていた。ヒュエリのように瞬時にとはいかないが、ここまでマカを使えるようになったユフォン。その事実は喜ばしいことではあった。このような形で披露されていなければ、さらに……。
 セラはグッと拳を握った。
 それから戦場の各地へ跳び回り、仲間たちを集めたのだった。

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