碧き舞い花

御島いる

404:進展

 セラがズーデルとキャロイと共に部屋に入ると、すでに参加に値する面々は揃っていた。グースの作戦における精鋭の者たちだ。
 ヴォード、グース、デラヴェス、キャロイ、ズーデルの白輝五将軍。ケン・セイとンベリカの二賢者。セラ、ズィー、テムの評議会第二位三名、そして八羽のジュラン。計十一名。
「やっぱりユフォンは入れてもらえないのね」
 評議会側、セラはズィーとテムの間の席につきながらポロリと零した。それを聞いた斜向かいのグースが口を開く。
「記録するということは、情報が現物として形を成すということですからね。流れる可能性が出てくる。彼が情報民族の技術を学んでいるというのなら別ですが、そうではないでしょう?」
 セラは黙って頷き返す。彼の言う情報民族とは、コクスーリャたちフィアルム人のことだ。彼らの持つ羽根ペン『情報の翼』であれば、確かに不用意に情報が洩れることはないのだろう。
「大丈夫よ、ヴォードのおじさま」
 所変って、対面の白輝側の席。キャロイが最年長のヴォードと軽く揉めていた。どうやらキャロイがセラと共に行動していたことに対してヴォードが小言を口にしたらしかった。
「敵として立った時は、感情は殺すわ。……ねぇ、セラフィ?」
 妖艶な笑みがセラに賛同を求めてきた。これにもまた、セラは黙って頷き返した。
 グースが手を叩き、注目を集めた。
「それでは参謀会議をはじめます。今回集まっていただいたのは、我々が先の戦いにおいて奪った鍵について進展があったからです」
 言うと、彼は机の上に煌白布を広げ、それを山を作りながら取り払った。するとそこにはセラの身知った鍵が現れた。
 凶悪な笑みを湛える男と苦悶に顔を歪める男。
 改めて見ると、顔を歪める男がリーラ神を思わせる。ルルフォーラに関しても、凶悪なものではなかったが、笑みがどこか重なる。
 ケン・セイが鋭い眼差しで言う。「進展、とは?」
「こちらの鍵、名前を『悪魔の鍵』というもので、扉に囲まれし世界の人間でも限られた者しか扱えない七本の封鍵ほうけんの一本でした」
「名前、わかった、だけか」
「焦らないでください、『闘技の師範』。実は名前は奪った当初より判明していたのです。どういったものかということもね。ですのでそれから数日の間、私の兵たちに最悪のこともありうると警告したうえで志願を募りました。そして昨日、集まった勇気ある数名にこの鍵を使ってもらいました」
「それでどうなったんだ」ンベリカがわずかに身を乗り出す。
「安心してください。皆、無事です。なにも起こりませんでした」
「……そうか」一息ついて、乗り出した身を安堵の表情で戻す司祭。「それはよかった」
「それで、なにも起こらなかったことでどんな進展が?」
 テムが続きを促す。
「『碧き舞い花』」グースはテムに頷き返すと、セラを見た。「あなた鍵の力は?」
「当然調べて知ってるんでしょ?」
 一度調べ、知り得た敵の情報を忘れる男ではない。
「すみません、ど忘れしてしまって……ああ、あの世界の鍵は大抵の人間ならば使えるのでしたよね、ならばあなたも使えて当然で――」
「……っ、使えない」
「ああ。ははは、思い出しました。そうでしたね。あなたは倉庫の扉すら現れなかったんですよね」
「っ……」
 そこまで知っているのか、この男は。あの場には鍵束の民サパルと彼女しかしなかったはずなのに。そんなことを思うセラを余所にグースは続ける。
「では、『紅蓮騎士』」
 テーブルの上を鍵が滑る。ピタリとズィーの前に止まった。
 セラはそれを見てやっぱりと思った。ど忘れなど嘘だと。ズィーが鍵を使えることをしっかりと知っている。そのうえでわざわざセラを経由したのだ。嫌がらせと共に、自身が情報で優位に立っていることを誇示するために。
 セラの負けず嫌いを知っての挑発。数度顔を合わせたことで、セラもそのことに気付いている。しかしグースの作戦は未だに有効で、セラはわかっていつつも情動的にさせられてしまう。今は会議という場がそれを抑え込んでいるが。
「回してみてください」
「ああ、構わねえけど」ズィーは鍵を手にして、誰もいない場所に向けて回して見せた。「解錠っ」
 なにも起こらなかった。
 ズィーはそのあとも何度か回してみるが、やはりなにも起こらない。
「駄目だな、こりゃ」
 鍵を机に戻し、滑らせてグースに返すズィー。
 グースは鍵を受け止めると、口を開く。
「そもそもその世界の者でさえわずかにしか使えないのですから、他世界の人間に使えないのは当然でしょう」
「なんでやらしたんだよ」ズィーが文句を垂れた。
「機能しないということを、この場の皆でしっかりと共有するためです」
「まさか、ルルフォーラが使えるのは血を吸ったからでしょう、なんて言わないわよね?」
 やはりわずかに情動的になっていたらしく、セラはぶっきらぼうに言った。しかしグースは気にも止めず肩をすくめてみせた。
「いいえ、そのことは言わずもがなでしょう? 今回の進展というのはですね……」
 グースは一度口を閉ざした。全員の視線が彼に向かう。
「我々はまんまと偽物をつかまされた、ということがわかったということです」

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