碧き舞い花

御島いる

384:二人の死者

 二つの月が、交差する二つの影を砂上に描くウェル・ザデレァ。
 行軍が終わり、両軍は中央、わずかに『夜霧』の本丸寄りで相見えた。
 白輝・評議会側は開戦早々に、『髑髏博士』クェト・トゥトゥ・スが大勢の死者の復活はできないことを知った。当人の姿は、気配もろとも戦場にはなかったが、包帯の兵士は二名・・しか確認されなかったからだ。
 西の戦線で目撃されていた包帯の敵兵が、開戦から中央戦線にいたということには多少の動揺があったようだが、最悪の事態を強く印象付けられた戦士たちの士気の高ぶりはそれを上回るものだった。
 案の定、グースの思惑通り。
 数の利もあったことで、膠着せずに全軍が敵の本丸に向かって、少しずつ進んでいく。
 その最後尾をセラは横目で見送っていた。
「みんな行ったな」彼女の隣で、ズィーも仲間たちの背中を一瞥する。「これで巻き込まずにやれる」
「うん」
 セラは彼の言葉に頷き、オーウィンを構える。その切っ先は、二人・・の死者に向く。
「『碧き舞い花』っ……『紅蓮騎士』っ……! 殺ぉずっ!!」
 魔闘士フォーリス、そしてもう一人。
「俺たちが勝つに決まってるだろ? これは勘じゃねぇ。なんてったって、死なねぇんだからよぉ、俺たちは!」
 野獣ガルオン。
 大勢を蘇生させることはできなくとも一人ならば可能。そうなれば、強者を復活させる。そこで白羽の矢が立ったのが、強大な膂力と勘を持つ部隊長ガルオン。当然の帰結といえた。
 大いなる脅威になる。作戦の障害の一つになると、そう誰もが思った。
 しかし結果は現状の通り。
 二人の死者は、大軍ではなく渡界人二人の前に立っている。
 怨恨による復讐。
 死者の目的はただそれに限っていた。
 魔導・闘技トーナメントの参加者への逆恨みのフォーリスほどではないにしろ、ガルオンもまた、命を奪ったセラとズィーを恨み、他の戦士たちには目を向けなかったのだ。
 主であるクェトがいれば変わったのだろうが、野放しとなった包帯兵は、ただ私怨を晴らすために動いていた。
 これは『夜霧』側も誤算だっただろう。
 それを利用しない手はないと、セラとズィーは二人で残ることにしたのだ。賢者や将軍をはじめとした強者たちの手を煩わせたり、比較的戦いに不慣れな戦士たちに無意味な戦死をさせないために。たしかに、対等とはいえない二対二の戦いは容易なものにはならないだろう。それでも、全軍の足止めではなく、二人だけの足止めを選んだのだ。
「そうらしいな」ズィーがわざとらしく肩をすくめる。「でもよ、別に俺たちはお前らを殺す必要なんてないだろ?」
 ガルオンが訝る。「なに?」
「俺たちにとっての勝ちは、みんながお前らの拠点落とすまで時間稼ぐことなんだからよ。向こうには部隊長、お前以外一人もいなそうだったし、はっきり言って、最後の最後で拍子抜けだぜ」
 ズィーの言うように、クェトだけでなく『夜霧』の兵の中に部隊長として名の知れた者は、死者であるガルオンしかいなかった。クェトの気配を探るために研ぎ澄ませたセラの感覚にも、他に誰一人として引っかからなかったのだ。野営地で眠りについているヅォイァと戦ったヌロゥはともかく、ルルフォーラさえも。
 休戦前に会った求血姫は戦場に出ていた様相ではなかったことから、彼女は今回も出てきていないのだろうと推測できる。
 だが、どうにもセラの中にはもやもやとした気持ちが燻りはじめていた。
 ――最後の最後で拍子抜け。
 ズィーの言葉が何故だか、頭にこびりついた。
 中央で一番厄介と言えた包帯の兵士は今、彼女の目の前にいて、攻勢の邪魔だてはできていないでいる。敵軍の中に名実ともに知れ渡った将は一人も見当たらない。
 グースの作戦は上手くいっている。彼の思惑通り、戦士たちの士気も高まり、今もその背中たちは徐々に遠ざかっていく。このままいけば、休戦を挟まず、この戦いの時間に勝利を掴めるかもしれない。だからズィーも最後の最後と口にしたのだろう。
 当然、西の戦線の現状を見て、敵の援軍がこちらに駆け付けるかもしれない。そこには部隊長の姿もあるかもしれない。西の野営地の辺りに意識を向けてみるセラ。
「おい、セラっ、いくぞ」
「……ぇ!?」
「は? ぼーっとすんなよ、まだ戦いは終わってねんだから」
 意識を前に戻すと、ガルオンが二人に向かって駆けだしていた。
 集中しなければ。
 西の野営地の周りに気配がなかった。その事実を頭の片隅に追いやり、セラは野獣の、包帯を突き破って出ている爪を受け止めた。

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