碧き舞い花
382:指揮者は振るう、想いと共に。
セラは双子を伴い、軽い宴の様相を呈した輪の中に歩みを進めた。
輪を描いて踊る戦士たちの中心では、キノセ・ワルキューが、額に汗を浮かべながら指揮棒を振るっていた。
まるで彼の瞳から流れ出たように五線譜が宙に描かれて、それに伴って旋律が奏でられている。五線譜は赤々と揺らめきながら、人々の心を昂らせる。
「なんか」
「力が湧いてくる」
セラの隣で双子が不思議がりながらも驚く。
「そっか、二人は初めてなんだね。ミュズアの指揮者の中には自分が戦うだけじゃなくて、こうやって人に力を与えることができる人がいるの」
キノセの出身世界ミュズアは、音楽に満ちた世界。そこでは優秀な人間のみが指揮棒を握ることが許され、世界の音、界音を操ることができる。その界音を操る力である界音指揮法が、彼らにとっての戦う力だ。
しかし、今キノセがやってみせているのは、セラや双子も体感している通り、人々の気分を高揚させるもの。これは界音とは違うもので、『界音の指揮者』であるメルディン・ヲーファが考案したもの。界音指揮法に比べて非常に若い技術の一種だ。
心色指揮法。
単音や和音のみを放つ界音指揮法とは違い、旋律を奏でることで人々の心に影響を与えるというもの。
心の変化は体の変化に繋がり、現在行われている気分の高揚をもたらすもの以外にも、キノセが以前、フェリ・グラデムからセラが帰ったときに言及していた癒しの音もこの一種にあたる。
そうこうしているうちに旋律はフィナーレを迎え、キノセは汗を飛び散らせ、指揮棒を止めた。
「キノセ」
セラは肩で息をする指揮者に声をかける。
「ああ、ジルェアス……それに、双子も来てたのか」
彼の指揮に呆気にとられたのか、双子はほぼほぼ無表情でただ頷いた。「「……」」
「これから戦うのに大丈夫なの?」
「ふんっ、俺をなめるなよ……。最年少で指揮棒握ってんだ、このくらいでへばるかよ」
「はいはい。ご苦労様、指揮者様。水、飲む?」
セラは異空バッグから水の入った木筒を取り出し、彼に差し出した。キノセも強がっているものの、黙って素直に受け取る。天を仰ぎ、口の端から水を零しながらごくごくと喉仏を上下させた。
「……っぁ」一息つくと、キノセは口元を拭いながら、その五線の瞳に愁いと強い意志を帯びさせた。「俺一人が疲れる代わりに、みんなの力が増すなら、俺は……腕が千切れるまで棒を振る。そのあとも、口に咥えてでも棒を振るってやるさ。できることは、全部してやる。ああしておけばなんて、後悔は……もう、したくないっ」
「キノセ……」
「……わるい、辛気臭いのは無しだ。今は」
キノセはそう言って木筒の水を頭から被った。
「ちょっと、わたしの水なんだけど?」
「ジルェアスなら、砂漠だって平気だろ?」
「変態術は外への適応だから」
「ふっ、わかってるに決まってんだろ、冗談だ」
わざとらしく肩を竦めると、彼は木筒の下から上へ向かって指揮棒を振るった。「水ノ音」
「わざわざ、自分で出すならわたしがあげる必要なかったじゃん」
セラは木筒に手を伸ばす。木筒ゆえに透けては見えないが、今しがたキノセが界音を用いて水で満たしたのだ。
「まだだ」
指揮棒でセラを制すと、今度は木筒を周回させるように指揮棒を振る。すると目に優しい薄緑色の五線譜とともに、緩やかで心落ち着く旋律が小さく奏でられた。
「ほらよ。一応、お礼」
彼女とは目を合わせずに木筒を差し出す指揮者。
「……」セラは受け取りと、小さく笑う。「ありがと」
「うるせっ。ほら、行くぞジルェアス。俺たちは先頭だ。師匠たちが待ってる。大体、俺はお前を待ってる間にみんなにせがまれてだな――」
「うん、じゃあ、一緒に」水と汗に濡れたキノセの肩に手を置くセラ。「疲れてるでしょ?」
「ふんっ、ナパード酔いに殺されるかもな」
「もう、そんなこと言って。ほら、ノーラとシーラも」
「「うん」」
双子がセラの両肩にそれぞれ手を触れたことを確認して、彼女は賢者たち、ズィーやテム、それにジュランの気配までもが集まる評議会の軍の先頭へと跳んだ。
輪を描いて踊る戦士たちの中心では、キノセ・ワルキューが、額に汗を浮かべながら指揮棒を振るっていた。
まるで彼の瞳から流れ出たように五線譜が宙に描かれて、それに伴って旋律が奏でられている。五線譜は赤々と揺らめきながら、人々の心を昂らせる。
「なんか」
「力が湧いてくる」
セラの隣で双子が不思議がりながらも驚く。
「そっか、二人は初めてなんだね。ミュズアの指揮者の中には自分が戦うだけじゃなくて、こうやって人に力を与えることができる人がいるの」
キノセの出身世界ミュズアは、音楽に満ちた世界。そこでは優秀な人間のみが指揮棒を握ることが許され、世界の音、界音を操ることができる。その界音を操る力である界音指揮法が、彼らにとっての戦う力だ。
しかし、今キノセがやってみせているのは、セラや双子も体感している通り、人々の気分を高揚させるもの。これは界音とは違うもので、『界音の指揮者』であるメルディン・ヲーファが考案したもの。界音指揮法に比べて非常に若い技術の一種だ。
心色指揮法。
単音や和音のみを放つ界音指揮法とは違い、旋律を奏でることで人々の心に影響を与えるというもの。
心の変化は体の変化に繋がり、現在行われている気分の高揚をもたらすもの以外にも、キノセが以前、フェリ・グラデムからセラが帰ったときに言及していた癒しの音もこの一種にあたる。
そうこうしているうちに旋律はフィナーレを迎え、キノセは汗を飛び散らせ、指揮棒を止めた。
「キノセ」
セラは肩で息をする指揮者に声をかける。
「ああ、ジルェアス……それに、双子も来てたのか」
彼の指揮に呆気にとられたのか、双子はほぼほぼ無表情でただ頷いた。「「……」」
「これから戦うのに大丈夫なの?」
「ふんっ、俺をなめるなよ……。最年少で指揮棒握ってんだ、このくらいでへばるかよ」
「はいはい。ご苦労様、指揮者様。水、飲む?」
セラは異空バッグから水の入った木筒を取り出し、彼に差し出した。キノセも強がっているものの、黙って素直に受け取る。天を仰ぎ、口の端から水を零しながらごくごくと喉仏を上下させた。
「……っぁ」一息つくと、キノセは口元を拭いながら、その五線の瞳に愁いと強い意志を帯びさせた。「俺一人が疲れる代わりに、みんなの力が増すなら、俺は……腕が千切れるまで棒を振る。そのあとも、口に咥えてでも棒を振るってやるさ。できることは、全部してやる。ああしておけばなんて、後悔は……もう、したくないっ」
「キノセ……」
「……わるい、辛気臭いのは無しだ。今は」
キノセはそう言って木筒の水を頭から被った。
「ちょっと、わたしの水なんだけど?」
「ジルェアスなら、砂漠だって平気だろ?」
「変態術は外への適応だから」
「ふっ、わかってるに決まってんだろ、冗談だ」
わざとらしく肩を竦めると、彼は木筒の下から上へ向かって指揮棒を振るった。「水ノ音」
「わざわざ、自分で出すならわたしがあげる必要なかったじゃん」
セラは木筒に手を伸ばす。木筒ゆえに透けては見えないが、今しがたキノセが界音を用いて水で満たしたのだ。
「まだだ」
指揮棒でセラを制すと、今度は木筒を周回させるように指揮棒を振る。すると目に優しい薄緑色の五線譜とともに、緩やかで心落ち着く旋律が小さく奏でられた。
「ほらよ。一応、お礼」
彼女とは目を合わせずに木筒を差し出す指揮者。
「……」セラは受け取りと、小さく笑う。「ありがと」
「うるせっ。ほら、行くぞジルェアス。俺たちは先頭だ。師匠たちが待ってる。大体、俺はお前を待ってる間にみんなにせがまれてだな――」
「うん、じゃあ、一緒に」水と汗に濡れたキノセの肩に手を置くセラ。「疲れてるでしょ?」
「ふんっ、ナパード酔いに殺されるかもな」
「もう、そんなこと言って。ほら、ノーラとシーラも」
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