碧き舞い花
379:ノーラとシーラの由来
「「え、っと……」」
双子はセラに顔を向けたまま、首を傾げた。そして苦笑する。
「評議会に来たときも」ノーラだ。「賢者様たちに訊かれたんだけどね」
「戦争があって」シーラだ。「そのあとカッパさんたちに助けられたのは覚えてるよ」
「でも、戦争の途中はよく覚えてなくて……」
「黄色とか、黒とか、赤とか、緑とか……色がいっぱいあったことはなんとなく記憶にあるんだけど」
「あと、わたしたちの身体で暴れてたっていうリーラって子も知らないの」
「わたしは最初から双子だから」
「そっか。急に変なこと聞いちゃってごめん」
「「ううん、全然大丈夫だよ」」
繊細な部分だろうと、これまで本人に訊くことはなかったが、ノーラ=シーラはそこまで気にした様子も見せていない。そうであればと、セラは謝りつつもう少し踏み込んでみることにした。
「じゃあ、例えば、その時の戦争の相手って、訊いても?」
「戦争の相手?」
「『夜霧』だよ?」
「そっか、『夜霧』……。それでカッパが、バルカスラに様子を見に行ったのね。そこでノーラ=シーラを見つけた」
「うーん……たぶんそういうことね」
「だからわたしは、故郷を壊した『夜霧』を許せない。けどね、ちょっと感謝してるの」
「え?」
「セラやみんなに会えたんだもんっ」
「そう! だってわたし、評議会に来るまで、外の世界に出れたことなかったから、それも嬉しかった」
「出れたことが、なかった? それって出ようとしても出れなかったってこと?」
「「そうそうっ」」快活に揃って頷く双子。「「他の人は出れるのに、わたしだけ出れなかったの!」」
セラはその現象を知っている。目の当たりにもしたことがある。
ホワッグマーラの天才、フェズルシィ・クロガテラーと同じ現象。ナパードを持ってしても異空へ出ることができず、世界に拘束される。そして、世界から大きな恩恵を受ける。
「世界に愛されし者……」
「それっ! ゼィロス様も言ってたよ」
「バルカスラが壊滅状態になったことで、むしろ世界がわたしを生かしすために出られるようにしたんじゃないかって」
「そう、伯父さんが……」
セラは顎に手を当て、独り考え込もうとした。しかし間髪入れずにシーラが彼女の顔を覗き込んだことで、思考するに至らなかった。
「セラ?」
「あ、ごめん。さ、次の開戦までに、しっかり休まないと。休むことも大事だからね」
「「うんっ、そうだね」」
二人は動きを合わせて踵を返し、テントへと向かっていった。足並みは白輝の行軍の如く、きれいに揃っている。
セラはそんな双子の背を追いながら、今度こそ思考をはじめる。
ノーラ=シーラはバルカスラに愛された存在。それならばもしくは、世界を壊せるほどの力を持っていても不自然ではない。むしろ、伯父が考えた世界が彼女を生かすため、というものの一環として、世界が力を与えたのではないだろうか。敵を退けるために。結果として世界は滅んでしまったが、事実、彼女は助かっている。
「あ、そういえば」
「今思い出したんだけど」
テントに入ったところで、双子が足を止めて振り向いた。
「なに?」
「「リーラって、バルカスラの神様の名前だわ」」
「バルカスラの神様……?」
「うん」青髪のシーラが頷く。「バルカスラ神話に出てくるの、三つ子の神様」
「わたしは三つ子じゃないし、リーラって名前の人、家族にも友達にもいなかったから知らないって答えたけど、世界に愛されし者? って聞いて、そういえば世界を造った神様のお話を読んだことがあるかもって」
「小さい頃に読んだ絵本に、三つ子の神様が出てきて、その一人がリーラなの。それでね。考えてみたらわたしの名前、ノーラとシーラ。三つ子の神様の残りの二人から取られてるんだな、って」
「神様と同じ名前ってこと?」
「由来は聞いたことないからわからないわ。もう訊くこともできないし」
「けど、ノーラは赤い髪で、シーラは青い髪なの。神様の方も」
「これって、そういうことじゃないかな?」
「たぶんそうだと思うよ、神様と同じ名前って縁起がいいもの。ちなみに、リーラは何色の髪なの?」
「たしか黄色、だったと思う」
「小さい頃だったし、自分の名前じゃなかったから曖昧だけど……」
「それに絵本でしか知らないから、本当の神話がどうなのかもわからない。ごめん、セラ、中途半端で」
「ううん、わたしこそ。どうでもいいこと聞いちゃって」
「そんなことないよ」
「気が紛れたよ。やっぱり戦争は、恐いから」
「「セラのところに来て正解だったわっ」」
ノーラ=シーラは声を重ねていうと、「さ、しっかり休みましょ」といって豪奢な廊下を歩きはじめた。
リーラは神様の名前。
バルカスラの神が、フェリ・グラデムのヨコズナ神のように具現化するほど信仰されていたかは定かではない。しかし、セラは世界の神とういう存在と相対したことがあるからこそ、新たな考えが浮かんだ。
ヨコズナ神がシメナワの身体に入り込んだように、リーラという神が双子の身体を使って敵を滅ぼしたのではないか。神ならば、世界を消滅に導きことも難しくはないだろう。
そう考えれば戦争が終わったのち、双子の中にリーラという存在がいないのも頷けるものになるのではないだろうか。世界を滅ぼし、双子の身体を解放したと考えれば。
これ以上考えても答えは出ない。
セラは思考するのをやめて、双子を追った。
今はこの戦争に多くの意識を向けるとき。悪夢にうなされることは目に見えているが、眠り、少しでも疲労を取り除き、次に備える時だ。
双子はセラに顔を向けたまま、首を傾げた。そして苦笑する。
「評議会に来たときも」ノーラだ。「賢者様たちに訊かれたんだけどね」
「戦争があって」シーラだ。「そのあとカッパさんたちに助けられたのは覚えてるよ」
「でも、戦争の途中はよく覚えてなくて……」
「黄色とか、黒とか、赤とか、緑とか……色がいっぱいあったことはなんとなく記憶にあるんだけど」
「あと、わたしたちの身体で暴れてたっていうリーラって子も知らないの」
「わたしは最初から双子だから」
「そっか。急に変なこと聞いちゃってごめん」
「「ううん、全然大丈夫だよ」」
繊細な部分だろうと、これまで本人に訊くことはなかったが、ノーラ=シーラはそこまで気にした様子も見せていない。そうであればと、セラは謝りつつもう少し踏み込んでみることにした。
「じゃあ、例えば、その時の戦争の相手って、訊いても?」
「戦争の相手?」
「『夜霧』だよ?」
「そっか、『夜霧』……。それでカッパが、バルカスラに様子を見に行ったのね。そこでノーラ=シーラを見つけた」
「うーん……たぶんそういうことね」
「だからわたしは、故郷を壊した『夜霧』を許せない。けどね、ちょっと感謝してるの」
「え?」
「セラやみんなに会えたんだもんっ」
「そう! だってわたし、評議会に来るまで、外の世界に出れたことなかったから、それも嬉しかった」
「出れたことが、なかった? それって出ようとしても出れなかったってこと?」
「「そうそうっ」」快活に揃って頷く双子。「「他の人は出れるのに、わたしだけ出れなかったの!」」
セラはその現象を知っている。目の当たりにもしたことがある。
ホワッグマーラの天才、フェズルシィ・クロガテラーと同じ現象。ナパードを持ってしても異空へ出ることができず、世界に拘束される。そして、世界から大きな恩恵を受ける。
「世界に愛されし者……」
「それっ! ゼィロス様も言ってたよ」
「バルカスラが壊滅状態になったことで、むしろ世界がわたしを生かしすために出られるようにしたんじゃないかって」
「そう、伯父さんが……」
セラは顎に手を当て、独り考え込もうとした。しかし間髪入れずにシーラが彼女の顔を覗き込んだことで、思考するに至らなかった。
「セラ?」
「あ、ごめん。さ、次の開戦までに、しっかり休まないと。休むことも大事だからね」
「「うんっ、そうだね」」
二人は動きを合わせて踵を返し、テントへと向かっていった。足並みは白輝の行軍の如く、きれいに揃っている。
セラはそんな双子の背を追いながら、今度こそ思考をはじめる。
ノーラ=シーラはバルカスラに愛された存在。それならばもしくは、世界を壊せるほどの力を持っていても不自然ではない。むしろ、伯父が考えた世界が彼女を生かすため、というものの一環として、世界が力を与えたのではないだろうか。敵を退けるために。結果として世界は滅んでしまったが、事実、彼女は助かっている。
「あ、そういえば」
「今思い出したんだけど」
テントに入ったところで、双子が足を止めて振り向いた。
「なに?」
「「リーラって、バルカスラの神様の名前だわ」」
「バルカスラの神様……?」
「うん」青髪のシーラが頷く。「バルカスラ神話に出てくるの、三つ子の神様」
「わたしは三つ子じゃないし、リーラって名前の人、家族にも友達にもいなかったから知らないって答えたけど、世界に愛されし者? って聞いて、そういえば世界を造った神様のお話を読んだことがあるかもって」
「小さい頃に読んだ絵本に、三つ子の神様が出てきて、その一人がリーラなの。それでね。考えてみたらわたしの名前、ノーラとシーラ。三つ子の神様の残りの二人から取られてるんだな、って」
「神様と同じ名前ってこと?」
「由来は聞いたことないからわからないわ。もう訊くこともできないし」
「けど、ノーラは赤い髪で、シーラは青い髪なの。神様の方も」
「これって、そういうことじゃないかな?」
「たぶんそうだと思うよ、神様と同じ名前って縁起がいいもの。ちなみに、リーラは何色の髪なの?」
「たしか黄色、だったと思う」
「小さい頃だったし、自分の名前じゃなかったから曖昧だけど……」
「それに絵本でしか知らないから、本当の神話がどうなのかもわからない。ごめん、セラ、中途半端で」
「ううん、わたしこそ。どうでもいいこと聞いちゃって」
「そんなことないよ」
「気が紛れたよ。やっぱり戦争は、恐いから」
「「セラのところに来て正解だったわっ」」
ノーラ=シーラは声を重ねていうと、「さ、しっかり休みましょ」といって豪奢な廊下を歩きはじめた。
リーラは神様の名前。
バルカスラの神が、フェリ・グラデムのヨコズナ神のように具現化するほど信仰されていたかは定かではない。しかし、セラは世界の神とういう存在と相対したことがあるからこそ、新たな考えが浮かんだ。
ヨコズナ神がシメナワの身体に入り込んだように、リーラという神が双子の身体を使って敵を滅ぼしたのではないか。神ならば、世界を消滅に導きことも難しくはないだろう。
そう考えれば戦争が終わったのち、双子の中にリーラという存在がいないのも頷けるものになるのではないだろうか。世界を滅ぼし、双子の身体を解放したと考えれば。
これ以上考えても答えは出ない。
セラは思考するのをやめて、双子を追った。
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