碧き舞い花

御島いる

378:ただ会いたくて

 カッパへの報告を終えると、セラは彼を外まで見送った。
「わしでは魔導賢者と話せるか分からんぞ? 自分で戻って訊くべきではないか、セラよ」
 水面から胸から上だけを出して、砂浜のセラを見上げるカッパ。
 当然、ナパスの民であるセラだ。自身が戻ることも考えた。それでも、伝言を頼むことにしたのだ。
「本当はそうした方がいいのは分かってるんだけどね……。ヒュエリさん、研究に一生懸命だから」
「邪魔しては悪いと?」
「ううん、違う。ヒュエリさんが興奮して、ここに来たいって言い出したら、わたし止められないと思うから。直接クェトに会わせたいけど、それは戦場でじゃない」
 研究に熱心な司書は、きっとすぐにでも会ってみたいと言い出す。セラ自身も薬草術の研究や、自身を磨く鍛錬への好奇心の強さを知っているから分かる。当然、止めればいいのだが、彼女の研究を応援するセラは、自分から言い出しておいてお預けにするという仕打ちを、彼女を目の前にしたらできないだろうと思ったのだ。
 あらゆるマカを使いこなせるヒュエリといえど、戦地に赴かせるなど危険。セラはそれを案じたのだ。
「さいか、なるほどの。魔導賢者ならばあり得るやもしれん。よかぁ! できうる限り手は尽くす。それでも伝えられんかったら、すまんな。先に謝っておくぞ」
「うん、お願いね」
「では」
 ちゃぽんと全身を沈めるカッパ。海面から彼の影が消えた。
 太陽も水平線に沈み切っていて、残光をその縁から覗かせている。太陽が月へと光を譲る間際だ。
 熱を失いかけた風が吹く。しかし、まだまだ湿り気を帯びていて、開戦はまだ先。グースの言った通り、少し眠るべきかと、彼女がテントへと戻ろうとしたとき。彼女を呼ぶ重なり合った二つの声が。
「「セラーっ!」」
『唯一の双子』、ノーラ=シーラだ。
 赤い短髪のノーラと青い長髪のシーラがテントから出てきて、揃ってセラの前にやってきた。
「キノセに聞いたんだ」とノーラ。
「セラも来てるって」とシーラ。
「見たところ大きな怪我はなさそうだけど」セラはの身体を見てから、笑む。「調子はどう?」
「バッチリだよ! わたしね、東の野営地にいたんだけど、さっき呼ばれたんだ」
「次はセラと一緒に戦えるね」
 グースの作戦のために、双子だけでなく他の戦士たちも本部野営地に集まってきていた。気配を感じれば、ジュランもいることがわかる。思えば、ピョウウォルやメルディンも、彼女がこの地を訪れたときには本部にはいなかった。恐らく東の戦線の指揮をとっていたのだろう。
「そうだね。それで、わたしに用?」
「え? ううん、用はなくて……じゃなくて、会うことが用?」
 双子は互いに首を傾げ合う。それにセラもキョトンと小首を傾げる。
「セラと会うと、それだけで元気になるから、ただ会いたくて」
「力が湧いてくるし、怖さも小さくなるんだ」
「そっか。それならわたしだって、みんながいてくれたら、それだけで心強いよ」
 セラがそう笑顔で返すと、ノーラ=シーラは彼女に抱き付いた。
 まだ子供の面影を残す少女。それでも戦場に立てば、差別なく戦士だ。どれくらい前から参戦しているかはわからないが、ここまで大きな怪我なく生き残ってくれていることにセラはほっとしていた。
 当然、双子の実力は彼女も知っているし、戦場に出ても申し分ないものだ。バルカスラ人という多生児の特性があることも含め、同年代だった頃のセラよりも上手うわてであろうと推測できる。
 反面、そこにはリーラの影も懸念される。
 故郷を滅ぼすほどの力を持つ、凶暴なもうひとつの人格。賢者たちはノーラ=シーラがリーラを含めた三つ子で、一つの意識を共有していたものと結論付けている。同じ人格を別個の身体に共有する特性を持つバルカスラ人だが、個体の一つが命を落とすと、残った固体の中に別の人格として宿ることがある。それがリーラだと。
 双子が評議会へ加入して以来、その存在が現れたことは一度もない。カッパに助けられたときに口にした恐るべき事実……。
 『敵、殺した。友達、殺した。お母さん、殺した。お父さん、殺した。ノーラもシーラも。みんな、殺した。リーラを独りにするからいけないのよ』
 今思えば、これは少女が戦いや家族との永遠の別れへの恐怖から口にしたものなのではないか。セラは、ノーラ=シーラを前に考えていると、ふとそう感じた。
 セラが復讐や敵討ちを願ったこと、竜人ウィスカが妹のシァンを信じて前を向いたこと、それらと似たもので、双子の言葉も荒んだ心から生まれたものなのではないかと。
「ねぇ……ノーラ、シーラ」
「「なに?」」
 セラが抱き付かれたまま二人の名を呼ぶと、二人はわずかに彼女から体を離し、真っ直ぐと見返してきた。
 セラは意を決して訊く。
「二人はこの前の戦争が初陣だったけど、評議会に来る前……カッパに助けられた戦争のことは覚えてないの?」

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