碧き舞い花
366:戦線放棄
長期戦の予感。
包帯男との攻防に、じわりと額に汗が浮かびはじめるセラ。
開戦してからここまで目に見えて汗ばむことはなかった。空気が潤いを持ち始めている。
そして。
ぴちゃ――。
彼女のブーツが水溜りを踏んだ。
そのことに一瞬だけ気を取られたセラに、フォーリスが鋭利な魔素を携えた蹴りを繰り出す。すんでのところでそれを躱したセラだったが、追撃の衝撃波をまともに食らってしまう。
「んぁっ……くっ」
なんとか体勢を立て直し着地した彼女の耳に、グース・トルリアースの声が入ってきた。通信機だ。
『将軍、及び評議会の隊長各位、それと『碧き舞い花』に。こちら、本部参謀グース・トルリアース、本部よりの指令を報知する』
グースの言葉に耳を傾けながらも、手を抜くことなくフォーリスと戦うのはなかなかに骨の折れることだった。それでも、次いで聞こえてきた言葉に彼女は大きく集中を引っ張られる。
『西の戦線は次の満潮休戦を機に放棄。繰り返す、西の戦線は次の満潮休戦を機に放棄する。現在西戦線にいる者は、敵に勘付かれぬよう休戦まで死力を尽くし、次の開戦の前に別戦線の野営地へと移動。各隊の移動先は追って指示。その後その戦線へと加わるものとする。以上』
それで通信は切れた。しかしすぐに彼女の耳元にはグースの声が戻って来た。
『ということです、『碧き舞い花』。くれぐれも無視や違えることのないようお願いしますよ? あなたに関してはわざわざ個人を名指しして、報知したのですからね』
と釘を刺して、グースの言葉は聴こえなくなった。
勝ち誇った物言いに、何か反論や口答えをしたい所であったセラだった。だが、突然話し出しては、フォーリスに訝られるのは必至。それに今思えばこの通信機、繋がっていない状態から誰かに連絡する方法を彼女は知らなかった。
セラがフォーリスを仕留められず、他の戦士たちへの攻撃を止めているだけに留まっているだけでは、戦況を巻き返せない。現にそうだ。それならば放棄し、他の戦線を強化しようというのが本部の算段だろう。そのことは軍略にそこまで精通していないセラにも理解できた。
だからこそ、彼女には自責の念が生まれる。
自分がフォーリスに手をこまねかず、戦士たちに加担できたら放棄することにはならなかったのではないかと。
その想いは図らずも彼女の注意力を散漫させ、雷の拳を腹に受けてしまった。
「はぅっ……」
身体が痺れることはなかった。それでも、見事に入ったその拳にセラの呼吸が一瞬止まる。
それを機に意識が戦闘へと急速に戻った。
歯を食いしばり敵を睨むと、一度、距離を取り、セラは呼吸を落ち着かせる。
この際、放棄のことは仕方がない。今は目の前の不死身の男をどうにかして戦闘不能に持ち込むことだ。たとえこの戦線を放棄したとしても、この男がいればいずれ別の場所でも厄介なことになる。それを、どうにかして防がなければ。セラは誰に見せるでもなく、自分を鼓舞するために頷きを見せた。
包帯男との攻防に、じわりと額に汗が浮かびはじめるセラ。
開戦してからここまで目に見えて汗ばむことはなかった。空気が潤いを持ち始めている。
そして。
ぴちゃ――。
彼女のブーツが水溜りを踏んだ。
そのことに一瞬だけ気を取られたセラに、フォーリスが鋭利な魔素を携えた蹴りを繰り出す。すんでのところでそれを躱したセラだったが、追撃の衝撃波をまともに食らってしまう。
「んぁっ……くっ」
なんとか体勢を立て直し着地した彼女の耳に、グース・トルリアースの声が入ってきた。通信機だ。
『将軍、及び評議会の隊長各位、それと『碧き舞い花』に。こちら、本部参謀グース・トルリアース、本部よりの指令を報知する』
グースの言葉に耳を傾けながらも、手を抜くことなくフォーリスと戦うのはなかなかに骨の折れることだった。それでも、次いで聞こえてきた言葉に彼女は大きく集中を引っ張られる。
『西の戦線は次の満潮休戦を機に放棄。繰り返す、西の戦線は次の満潮休戦を機に放棄する。現在西戦線にいる者は、敵に勘付かれぬよう休戦まで死力を尽くし、次の開戦の前に別戦線の野営地へと移動。各隊の移動先は追って指示。その後その戦線へと加わるものとする。以上』
それで通信は切れた。しかしすぐに彼女の耳元にはグースの声が戻って来た。
『ということです、『碧き舞い花』。くれぐれも無視や違えることのないようお願いしますよ? あなたに関してはわざわざ個人を名指しして、報知したのですからね』
と釘を刺して、グースの言葉は聴こえなくなった。
勝ち誇った物言いに、何か反論や口答えをしたい所であったセラだった。だが、突然話し出しては、フォーリスに訝られるのは必至。それに今思えばこの通信機、繋がっていない状態から誰かに連絡する方法を彼女は知らなかった。
セラがフォーリスを仕留められず、他の戦士たちへの攻撃を止めているだけに留まっているだけでは、戦況を巻き返せない。現にそうだ。それならば放棄し、他の戦線を強化しようというのが本部の算段だろう。そのことは軍略にそこまで精通していないセラにも理解できた。
だからこそ、彼女には自責の念が生まれる。
自分がフォーリスに手をこまねかず、戦士たちに加担できたら放棄することにはならなかったのではないかと。
その想いは図らずも彼女の注意力を散漫させ、雷の拳を腹に受けてしまった。
「はぅっ……」
身体が痺れることはなかった。それでも、見事に入ったその拳にセラの呼吸が一瞬止まる。
それを機に意識が戦闘へと急速に戻った。
歯を食いしばり敵を睨むと、一度、距離を取り、セラは呼吸を落ち着かせる。
この際、放棄のことは仕方がない。今は目の前の不死身の男をどうにかして戦闘不能に持ち込むことだ。たとえこの戦線を放棄したとしても、この男がいればいずれ別の場所でも厄介なことになる。それを、どうにかして防がなければ。セラは誰に見せるでもなく、自分を鼓舞するために頷きを見せた。
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