碧き舞い花

御島いる

356:高揚感と悪寒

「セラっ」
 砂埃が落ち着くと、ズィーが駆け寄ってきた。
「マジか、やったな!」
「うん」セラはわずかに息を荒くする。「上手くいって、よかった」
『夜霧』の将への勝利による高揚感。
 己がそれほどまでに力をつけたことの証明であり、これまでの鍛錬の成果であるそれが、今、足下に転がっている。
 この時ばかりは、彼女の頭の中から命の尊さの観念が消え去っていた。
 人を殺めたというのに、微笑む。抑えようとしても、口元が自然と緩む。自分が自分ではなくなってしまったのではと、頭の奥深くで、まるで自分の考えではないかのように浮かぶ。だがそれも高揚感に押し沈められる。
 ただ、野獣の死体を見下ろし笑みを零す。
「おい、セラ?」
 そんな彼女を心配したように、幼馴染は彼女の顔を覗く。
「ぁ、ごめん。ちょっと、不謹慎だけど嬉しくて。初めて、『夜霧』の部隊長を倒せたから」
「いや、別に不謹慎とは思わねえよ」
 あっけらかんと、さも当然と言わんばかりのズィーの言葉にセラは虚を突かれた。戦士の先輩として諌められると思っていたが。
「え?」
「ここは戦場。多くの命が散る場所だし、戦争してる以上、敵を殺すのは当たり前だ。むしろ褒められるようなことだ。ただ――」
「ただ?」
「浮かれるなよな、セラ」ズィーはいつになく真剣な眼差しでサファイアに訴えかける。「まだ戦いの最中だからよ」
「……。わかってるよ。もちろん」
「命のやり取りの連続だ、戦争は。ひとつひとつの戦いが終わるごとに考えてる暇なんてない。敵味方なくさ、散った命に対して考えたり感傷に浸ったりすんのは最後、全部終わってっからだ」
 ズィーは最後にセラの背中を叩いて先を歩きはじめた。
「ほら、行くぞ。この勢いのまま他の将も倒しちまおうぜ」
「……」
 セラは顔を引き締める。彼のおかげで普段の自分に戻れたようだ。そして冗談だと分かりきっている彼の言葉に軽口を返す。
「さすがにそんな簡単にはいかないでしょ」


 それからセラは少しに間ズィーと共に雑兵たちを散らした。そしてまた別の窮地を救うために、彼と別れ、ひとまずヅォイァと合流した。
 老人はすでにテムのもとを離れ、主人のもとへと向かっている最中だった。そこへセラの方から現れた形となった。
「さて、ジルェアス嬢、次はどこへ?」
「うん、やっぱり西が危ないみたい」
 ヅォイァとセラは襲い掛かってきた『夜霧』の兵をいとも簡単に蹴散らしながら、最低限の会話を済ます。テムがどうのという話を一切しないのは、戦場を駆けるヒィズルの剣士の気配を感じ取れば、話すまでもないからだ。
 そうしていざキノセのいる西の戦線へと二人が跳ぼうとした、そんな時だった。
 セラは背筋にひやりとしたものを感じた。
 何かが触れたわけではなく。超感覚と気読術が悪寒を生じさせたのだ。ぬらっとした悪寒。殺気がその主と共に彼女めがけて、駆けてくる。
 そしてその後ろに、懐かしき、頼もしき気配も翔けてくる。
「来る」
 ヅォイァも当然その気配を感じ、セラと二人で、向かってくる方角に視線を向ける。
「ぁあおきまいばぁなぁぁっ!」
 ぬらりと振るわれた歪な剣に、セラはオーウィンを交えた。
 剣越しに。
 くすんだ緑色の髪が。
 閉じられた左目が。
 粘っこい笑みが。
 そこに。
「ヌロゥ・ォキャっ」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品