碧き舞い花

御島いる

350:鐘は鳴り、戦士は集う。

 戻って来たテムから通信機を貰ったセラは早速、それを装着する。
 チョーカーと片方だけの耳当てを繋いだ形。その耳当ては耳を覆うどころか、彼女の耳たぶからさがった水晶の耳飾りまで覆う大きさだった。これはあらゆる世界の人間に対応するためで、大きいからといってずり落ちてしまうことはなく、優しく側頭部に吸いつくように添う。
 機器自体はメィリア・クースス・レガスやジュコの通信技術に、ホワッグマーラの通話の魔具の技術を組み加えた最新のもの。音声のやり取りに加え、言語翻訳まで行うことが可能だった。
「試してみるから、俺と会話してみて」テムは言うと、自身も装着して彼女から遠く離れていく。「超感覚で聞こうとしないでね、セラ姉ちゃん」
「うん、わかった」
 頷いて、意識的に感覚を鈍らせるセラ。遠ざかっていくテムの足音が、彼が止まったわけでもないのに聴こえなくなる。さすがに超感覚の調節は慣れたものだった。
『あーあーセラ姉ちゃん。聞こえる?』
 右耳の鼓膜が、テムの声に震える。
「うん、聞こえる。問題ないみたい」
『こっちも聞こえてる。……じゃあとりあえず、そのおじいさんのこと聞かせて』
「この人はヅォイァさん――」
 セラは通信機越しに付き人の紹介をしたのだった。


 リン、ゴーン……、リン、ゴーン……。
 セラによるヅォイァの説明が終わったころ、野営地中に鐘の音が鳴り響いた。
『予鈴だ』と耳元からはテムの声。すぐ隣ではズィーが「よっし」と自身の頬を手で挟み叩いた。
「開戦、ってことだよね?」
 セラは確かめるようにズィーに訊く。彼は引き締まった顔で「ああ」と頷いた。
「違うでしょ、ズィプの兄貴」テムが戻って来て呆れる。「これは潮がもうじき引くことを知らせる鐘だから」
「? だから戦いが始まるんじゃんか? 何言ってんだ、テム」
「……」
 呆れ返り黙ったように見えたテムであったが、セラの耳には彼から舌打ちの音が聞こえた。
「セラ姉ちゃん、開戦は早くても三十分後。この鐘が鳴ったらみんな準備するんだ。装備とか、心持ちとかをね。そして次に鐘がなったら動ける戦士はみんな外に出て、上の人の指示に従って行軍する。それもなるべく早く」
「陣取りをするといったところか」ヅォイァが小さく頷く。「より相手の本丸に近付くわけだな」
「その通りです。さすがは『デルセスタ解放の怪人』と恐れられた軍人ですね」
「?」セラは首を傾げる。「テムはヅォイァさんのこと知らなかったんじゃ」
「名前と出身地を聞くまではね。デルセスタは昔、植民世界だったんだよ。『夜霧』とか白輝とは違う世界にだけど。その解放の第一人者がヅォイァさんってわけ。その実力に解放後のデルセスタを襲おうとする他世界はなくなったんだよ」
「へぇ。モァルズそんなこと言ってなかったぞ」
「孫は抑圧の時代を知らんからな」ヅォイァはズィーに一言、それからテムに返す。「若いのによく知っているな、テムとやら。しかしもう退いた身だ。それに、ジルェアス嬢は説明しなかったが、過去の俺は死んだんだ。今は『碧き舞い花』の剣の一本にすぎん。それに今は過去話よりも、優先すべき話があるだろう」
「あ、はい、すいません。えっと、どこまで話したっけ……」
「行軍するってところ」セラが話が本筋に戻るのを助ける。「陣取りのこととか」
「うん。潮が完全に引くまでに、なるべく早く行軍する。潮の満ち引きのたびに戦線が前後するんだ、ここは。だから、早いうちに相手の懐まで進めた方が有利になる。もちろん、それだけで完全に優劣が決まるわけじゃないからこんなにも長引いてるんだけど」
「うむ。かといって、あまりにも深入りしすぎるのも危険な行為。見極めて攻め上げねばなるまいぞ、ジルェアス嬢。よもやお前がそんなことするとは思わんが、渡界術で本丸に攻め込むなどと考えるなよ」
「もちろん分かってます。そんな無謀なこと」
「俺はしようとしたけどな。ンベリカにこっぴどく怒られた」
「……。とにかく、今は準備、っていっても、セラ姉ちゃんはそもそも準備万端で来てるんだったな。次の鐘が――」
 リン、ゴーン……。リン、ゴーン……。
「鳴ったな」
「……それじゃあ、行こうか」
「うん」
「うっし」


 今まで海中にその姿を隠していた砂の大地が姿を現し、凹凸が果てしなく続く。未だ水を残している箇所も見受けられるが、それも時期に大地に浸み込んでいくのだろう。
 セラがテントの外へ出ると、潮の香りは薄れていた。
 吹いた風は打って変わって、乾燥した涼風。しかし水に満ちていた時同様、心地よいものだった。
 水面と同じように砂たちは撫でられ、細かい粒たちがさらわれてゆく。
 そんな砂の粒が通るのは、野営地の前に続々と集まった戦士たちの足元。乱立する障害物にうねり、絡まり走っていく。
 雑多な衣、列なき隊列を作るは評議会の戦士。白き鎧を日の光に輝かせ、整列するのが白輝の戦士だ。どっちにしろ、両者を合わせた数は視界の端までびっしりだった。
「すごい数……」
 思わず口をついて出たセラの言葉。それに応える声が一つ。
「私にとってはどれも駒。もちろんあなたもね」
 グース・トルリアースだ。
「どうせ前線には出ないんでしょ、建物の中にでもいたら?」
「今は共闘の時だというのに、それでは本当に後ろから命を狙われてしまいますよ?」
「あなたたちのことだってわたしは、感じ取ってるから」
「余所に気を取られ、命を落とさないようにしてくださいね。あなたのその麗しい首を取るのは私なのだから。ははは~」
 グースは言うだけ言って、純白の一団の方へ去って行った。
「気にすんなよ、セラ。なんだかんだ言ってあいつら、俺たちのこと攻撃しないから」
 隣りに来たズィーが軽く彼女の背を叩いた。
 反対隣りにはテムが立った。
「それだけこの世界を取ることに重きを置いてるんだよ」
「じゃあ、終わったときが問題だね」
「さーてな、そもそもいつまで続くやら。なんなら、これが『夜霧』との最終戦争になるかもな。親玉とか出てきたりして」
「勘ですか、ズィーの兄貴?」
「いや、勘っつーか、まあ勘なんだけど、技術としての勘じゃない。冗談みたいなもんだ」
「でもその勘、当たってくれればいいな」テムが拳を強く握る。かと思うとふっと力を抜いて笑った。「もちろん、最後の戦いの方だよ」
「そだな」と笑うズィー。
「でも」セラはわずかに思案した。「最後の戦いってことは結局ヴェィルが出てくるってことじゃない?」
「ヴェイル?」とズィーとテムが首を傾げた。
「うん、とりあえず行きながら話すよ。どこの戦場に跳べばいいかも、始まってみないと分かんないから」
 セラは軽く言いながらも、凛とした表情で一歩。乾いた砂の大地を踏み締めた。

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