碧き舞い花

御島いる

348:騎士と剣

「まずは通信機貰ってくる」セラはンベリカに尋ねる。「誰に?」
「どこにと訊かないあたりがお前らしいな。ケン・セイの弟子の気配のとこだ」
「テムね。それじゃンベリカ、またあとで」
「そう願う」
 ンベリカの言葉を最後に、セラは碧き花を散らし、テム・シグラのいる場所へと跳んだ。もちろん、ヅォイァ老人と共に。
「むやみやたらに跳び回るなよ、セラ姉ちゃん……と誰?」
 彼女が姿を現すや否や、テムは着物を着直した。一瞬見えた彼の胸元には、完全に塞がってはいたものの、斬撃による傷跡がくっきりと刻まれていた。
「その傷……この戦いで?」
「違う。これはヒィズルでガキの頃……で誰?」
「そっか。あ、先に汗流してきていいよ」
 テムがいた場所は、シャワールームの脱衣所だった。今まさに服を脱ごうとしていたところへセラは来たのだ。
「すぐじゃないでしょ、開戦?」
「ま、潮はさっき満ちたばっかだからね。お言葉に甘えさせてもらうよ。どこかで待ってて。出たら俺の方から探しに行くから。その人のことはその時に聞くことにするよ」
「分かった。またあとでね」


「ズィー」
 時間を持て余した彼女が向かったのは幼馴染のところだ。彼は食堂で真っ白な海苔が巻かれたおにぎりを頬張っていた。
「おっ、セラじゃん。潜入終わったのか?」
「終わったからここにいるんでしょ」
「そういやそうだな……」ズィーのルビーの瞳がセラからヅォイァに移る。「誰そのじいさん」
 と、おにぎりを一口。
「……んぐ、その背中の棒……どっかで……えーっと、モァルズの世界だから……ああ、デルセスタだ!」
「ほう、モァルズを知っているか、若者よ」
「デルセスタに行ったことあるの、ズィー?」
「ああ、修行の時に」おにぎりを最後まで頬張って、飲み込む。「……んっぁ、小さいくせに強かったなぁ、モァルズ。元気かなぁ~、あいつ」
「強いのは当たり前だ。俺の孫であり、教え子なのだからな」
「うぇっ! じいさんモァルズのじいちゃんなのか!? じゃあ、幽霊かっ! セラに憑りついたのか!?」
「? ズィー、何言ってるの? ヅォイァさんは生きてるから」
「一度は死んだがな」
「ヅォイァさん」
「ふむ……してなぜ俺が霊だと?」
「いやだって、モァルズがじいちゃんは死んだって言ってたから……てか、生きてるなら会いに行けよじいさん。あいつ喜ぶぞ、絶対」
「ほう、そうか。しかしそれはならないな。俺はジルェアス嬢の所有物。勝手は許されん」
「所有物? どうゆうことだ、セラ」
 問われたセラはヅォイァとの関係を簡潔にだが的確にズィーに伝えた。それに対して、うんうんと頷く素振りを見せるズィー。彼の中でしっかりと答えを得たようだった。
「へぇ。つまり、セラの剣ってことだ。使うのは棒だけどな」
 にししと笑って続ける。
「いいか、じいさん。そういうことなら、俺の方が偉いってことだ」
 セラは眉を顰める。「何言ってるの?」 
「だってそうだろ。じいさんは剣だけど、俺は騎士だ。『碧き舞い花』を守る立場としては俺の方が偉い!」
 胸を張るズィー。そんな彼を見てセラは呆れ、ヅォイァは笑った。
「ははは、なかなかに面白い考え方だ。いいだろう、若者……失礼、名を聞いていなかった。俺はヅォイァ・デュ・オイプだ」
「俺はズィプガル・ピャストロン。ズィプでいい。『紅蓮騎士』っても呼ばれてるからそっちでも」
 二人は固く握手を交わし合う。
 そうして手を上下に小さく振りながら、ズィーは思いついたように口を開く。
「……てか、じいさんとモァルズって姓が違うんだな。確かあいつはデュ・ウォルンだったぞ?」
「ああ、嫁いだ娘の子だからな」
「あ、なるほど」
「ヅォイァさん」頷くズィーを余所に、セラは老人に言う。「お孫さんに会いに行くのを止めたりはしませんから、好きな時に会いに行ってあげてください」
「おっ、主人からお許しが出たぜ、じいさん」
「ふむ……ならば、この戦が終わったあかつきにはいとまを貰い、デルセスタへと帰るとするか」
「そうしてください。これも命令です」
「お安い御用だとも」
 老人は深い皺を作って、笑った。

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