碧き舞い花

御島いる

342:舞い花の懐事情

 現在の評議会には世界単位、個人、戦士、非戦闘員に関わらず、多くの世界の人々が集まっている。
 そこで折り重なった文化が新しいものを生み出すことは明白であり、それが顕著に表れているのが食文化だった。
 戦士を多く有する評議会では、彼らの憩いの場が重要な意味を持っている。各人にしっかりと居住、安眠の場が確保されていることもその一つだが、何より故郷を離れている者が多い。そこで故郷の風味を欲する者が出てくるのは当然だった。
 あらゆる世界の戦士たちの要望に料理人たちが応えていく中でそれぞれが合わさり、新たな料理も生まれたのだ。
 居住区の近くには屋台がまとまった群があり、そこへ行けば甘味、酸味、塩味、苦味、辛味、旨味のオンパレードだ。
 そこまでとはいかないが、今セラがいる場所もなかなかに食欲をそそる匂いに満ちていた。
 戦地への出発前日。
 スウィ・フォリクァの居住区にあるレストラン。ビュソノータスの野原族の店主が構えていて、野性味あふれる肉料理が自慢の店だ。近場に住む者たちは毎日のように、香ばしい匂いを鼻にしている。
 本日はキノセが、自身が率いる中隊の面々の士気を高めようとこの場を設けたのだった。なんでもセラの参戦の決定により、出立の日時がずれたことへの埋め合わせでもあるらしく、セラも代金の半額を払うよう言われた。当初は眉を顰め、文句を垂れたセラだった。だが、戦の前に楽し気にしている十数人の戦士たちの顔を見たら、安いものだと思った。
 場合によっては最後になりかねない。
 そんな思いを頭の片隅に置いているかは定かではないが、中には戦争に恐怖している者もいるだろう。長引いている戦争へと、現段階で向かう戦士たちはお世辞にも主戦力とは言えない。今まで戦地へと赴いたことのない者の方が多いだろう。
 見ず知らずの彼らに、彼女ができることはこの場を気兼ねなく楽しんでもらうことぐらいだった。
「あいつらを死なせるわけにはいかない、なんて考えてるんじゃないか、ジルェアス」
 ナイフとフォークを優雅に操りながらステーキを食すキノセが言った。
「別に、そんなことは……。でも、それが一番いい」
「あくまでも俺が中隊長だ。そういうことは俺が考えることなんだよ。お前は心配なんかしてないであっちこっち跳び回ってろ」
「ははっ」とセラの隣に座るユフォンがにこやかに言う。「キノセは初の隊長の任に気合たっぷりなんだよ。やらせてあげないとね」
「う、うるさいぞユフォン。俺は指揮者だ、上手くみんなをまとめ上げて見せる。だから、邪魔すんなよ、ジルェアス」
「邪魔はしないけど……そういうことなら、やっぱりキノセが全額払うべきじゃない? 隊長さん?」
「それとこれとは話は別だ」とステーキを頬張る。「お前が一番金持ってるだろ?」
「……否定はできない」
「へぇ、四年でそんなに稼いだんだ、セラ。あの大会の時なんて、漂流地のお金しか持ってなくて僕がラィラィさんから物買ったのに」
「あーそういうこともあったね……でも誤解しないでユフォン、わたしは全部断ってるんだから」
「断ってる?」
「そ、こいつには支援者がいっぱいいるんだよ」キノセが肩をすくめる。「断っても支援してくる奴らばっか。どこぞの王子とか、馬鹿みたいな額を貢いでくんだぞ」
「なにそれ、貢ぐだって?」ユフォンは対面に座るキノセに向かって身を乗り出す。「キノセ詳しく!」
「ちょっとユフォン」セラはそんな彼を引き戻して座らせる。「大丈夫だから。確かにお金は貰ってるけど、向こうも諦めてるから」
「諦める? ほんとかなぁ~。でもよかった。……ん? 君を好きになって、簡単に諦めるなんて許せないなっ!」
「もう、ユフォン落ち着いて。はいお水」
 セラは筆師に水を渡し、落ち着かせる。
「……ははっ、僕としたことが。でも、それだけ君には魅力があるってことだ。人柄とか、容姿とか、とにかく君という存在にはね」
「どうせ使うことないんだから、こういうときくらい盛大に使えよ。なんなら、全額だっていいんだぞ」
「うーん……じゃあ、今回は全部わたしが払うよ」
「いや、さすがに全部は冗談に決まってるだろ。お前ばっかにいい顔させてたまるか、ジルェアス」
「じゃあ、キノセが全部払う? 隊員たちにいい顔できるよ?」
「……」
 キノセは黙ると、五本の横線が走る瞳をゆっくりと巡らせ、立ち上がった。
「みんな聞いてくれ! 明日、俺は初の隊長任務だ! そんな俺に、ジルェアスが激励の意を込めて今日の支払いを全部出してくれるらしいっ!」
「えっ、ちょ!?」
 彼女の隣でユフォンが笑う。「ははっ、上手いことやられたね、セラ」
「みんな、明日動けなくならないように注意しながら、じゃんじゃん飲み食いしろ。『碧き舞い花』の顔に泥を塗るようなことはすんなよっ!」
 おおーっ!
 レストランは盛大なかけ声に揺れた。戦士たちは店主に次々と追加の注文をしていく。
「ちょっとキノセ!」座る指揮者に向かって顔を顰める。「どういうつもりよっ!」
「どういうって、言ったろ? これはみんなの士気を高めるための食事会だって。いやーさすがは『碧き舞い花』だな、効果てき面じゃん。それに、あの『碧き舞い花』が激励するほどの存在として俺のことも強く刻まれただろ」
「……」
「どうする?」キノセは挑戦するような目をセラに向ける。「いまからやっぱり払えないから駄目だって、言うか?」
「あー、セラ? なんなら僕が半分出そうか?」
「ううん」筆師の提案に、セラは片側の口角をクイッと挙げて首を横に振った。「全部、わたしが出すっ」
 生来の負けず嫌いが顔を出し、セラはまんまとキノセの口車に乗ってしまうのであった。

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