碧き舞い花

御島いる

333:倒れる神、落ちる花。

 土煙に埋もれる神を、エメラルド湛えしサファイアで見下ろすセラ。
 その目には非情さに似た冷たさがあったが、ふと自身を纏うヴェールに気付くと、それも和らいだ。
「これは……」彼女の脳裏にはビュソ―タス、蒼白大戦争の記憶が蘇る。「薄いけど、あのときと同じ。さっき声が聴こえたのと関係してるの、エァンダ……?」
 兄弟子エァンダのエメラルドの瞳を感じる。
 以前、彼女がこの状態になったときも兄弟子から背中を押されたときだった。だから彼女がそう考えるのも無理はなかったことだろう。だが彼女はホワッグマーラでも、竜化と共にこの現象を体験している。ズィーがそのことを彼女に教えなかったことで、当時の彼女の知るところではないが。彼女のことだろう、知っていれば、それが兄弟子からの力ではなく自身から出た力だと考え、どうにかものにしようとしていたことだろう。そして、そう考え至るのはもう少し後の話だ。
「人間ごときが、我に土を……?」彼女の足元、ヨコズナが身体を起こす。「不慣れな体であったことを除いたとて、許されることではない――っ!」
 憤怒に満ちた顔をセラに向けた途端、神は目を瞠り、息を呑んだ。
 ヨコズナがあの程度で戦闘不能になるわけがなく、まだ戦いが終わっていないことは分かっていたセラ。気を引き締め棒を構えたのだが、ヨコズナのその反応を見て訝る。向かい側にいるコクスーリャも同様に神に視線を向けていた。
 神がゆったりと立ち上がる。「予見……血統……試練……未踏の時……か」
「なんだ?」
「何?」
 セラとコクスーリャは二人して眉間に皺を寄せる。
「そうか、時がきたか、フェルよ」ヨコズナ神は微笑を湛え、セラを見据える。「待ちくたびれたぞ」
 言うや、ヨコズナ神はスッと倒れ、まったく気配が消えた。
 コクスーリャが倒れたシメナワの身体に駆け寄る。その体に触れる。「……気配は消えたけど、かろうじて生きてる」
「うん、鼓動は感じる。弱いけど……」
 彼女の超感覚はシメナワの鼓動をしっかりと感じ取れていた。しかし不安は残る。ヨコズナ神の憑代となった者の成れの果てが、化け物だと神は言った。彼も、戦士を足止めしている者たちのようになってい舞うのだろうか。
 セラが化け物について考え及んでいると、当の化け物たちが地に埋もれるように姿を消し始めた。
「奈落の従者まで消えていく……終わったのか? 怒りが鎮まったようには思えなかったが……」
「確かに、終わった感じじゃなかった」言いながらセラは空を見上げる。そこには異空の雲が残っていた。不穏にてらてらとしている。「まだ閉じ込められてるし」
 二人が未だに警戒している最中、周りの戦士たちは笑いを交わし合い健闘を称え合い始めた。神を鎮めたのだと歓喜の声すら上がっていた。
「ジルェアス嬢、コクスーリャさん」
 ヅォイァが彼女らのもとへ戻って来た。
「まさかこれほど早く終わるとは。ジルエァス嬢、それほどの力を持っていながら、なぜ神前試合で見せなかった?」
「これはわたしの力じゃないの」セラは徐々に淡くなり始めたヴェールを確かめるようにしながら言う。「わたしの兄弟子が力を貸してくれてるの」
 言い終わる頃には、エメラルドは身体からも、瞳からも消えていった。彼女がそれを強く意識したことと反比例するかのようにスーッと。
「ぁ……もう、終わっちゃったけど」
「セラフィ、気を抜くのは」
「分かってる」
 碧き力こそ消失してしまったが、彼女の表情は未だ緩まない。
「ヅォイァさん、まだ終わってないの。だからまだ離れ――」
 何の前触れもなく。
「――えっ?」
 セラの視界は闇に包まれた。
「っ……!」
 自分が倒れていく感覚が、彼女を支配する。
 音も、風もなく暗闇に落ちていく。
 落ちて……。
 ――一体何が?
 落ちて…………。
 ――ヨコズナ神の仕業?
 落ちて………………。
 ――みんなは、どうなった?
 落ちて……………………。
 ――どこまで、落ちる?
 意識を失った。

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