碧き舞い花

御島いる

331:聞いて呆れるっ!

 これまでの疲労が嘘のように吹き飛ぶ。
 次いで、痛み止めも服用した。
 傷は当然治らないが、これならば戦えそうだと、セラは独り頷く。そして安堵の吐息を漏らす。
 実は彼女には逆鱗花の葉を全て摂取するかどうかと同じくらいに心配していたことがあったのだ。
 疲労の溜まったハマヤ戦でも、葉を齧ることはできた。それでも彼女がそうしなかったのは、このもう一つの心配事がそうさせていたのだ。
 飲み合わせ。感覚延長薬を服用して間もなかったということ。それがそうだ。
 薬効こそ切れていたが、原材料は竜毒だ。体内に成分が残っていた場合、葉っぱの毒と合わさり竜化してしまうのではないかと彼女は恐れていた。
 しかし杞憂に終わった。
 今一度敵を見る。すでに花びらは消失していた。それでもヨコズナはその場に立ったままだった。
「……もしかして、シメナワが抵抗してる?」
 セラは思ったことをコクスーリャやヅォイァに伝える意味で口にした。
 しかし答えたのはヨコズナ神本人だった。
「抵抗などできるものか。お主がこのひらひらと邪魔くさい衣服を裂いてはくれぬものかと、留まっていたにすぎぬ。しかしそれも叶わず……」
 ヨコズナはシメナワの羽織っていた薄手のガウンを自身で剥ぎ取った。さらにその下の上着を破き脱ぎ、鍛え上げられた上半身を露わにした。
「さて、理を乱せし者と女は最後だ……」ヨコズナ神はちらりと、ヅォイァ老人を見る。「動きやすくなったことだ、体を慣らしがてら先の短き老い人からはじめよう」
 ヅォイァは棒と共に身構える。
 いざ開戦と思われたそんな時だった。
 ヨコズナ神を囲む三人をさらに囲むように、多くの戦士たちが詰め寄せてきた。第一階層の戦士たちだ。彼らも神がシメナワに宿ったことを理解しているようで、気合いの声と共に各々武器や拳を掲げる。
「ごたごたと……」
 そう呟きながら、ヨコズナは足をヒョイと高々と振り上げ、一度、地面を踏み鳴らした。何か衝撃波でも放つのだろうかと思い身構えて備えたセラだったが、それは攻撃ではないようだった。まだ人間の身体に慣れず、本調子ではないのか?
 セラが訝んでいると、後方、駆け寄ってくる戦士たちの足が止まった。そして、彼らの足元、地面から大きな気配が数多も生えてくるのを感じた。
 何事かとセラが振り返ると、戦士たちの前に屈強な身体を持つ者たちがまるで水から上がるがごとく這い出てきていた。その者たちは一様に赤黒い肌で、髪のない頭に鋭利な角を一本、ないし二本持っていた。
「何?」
「あれは……最下層の」とコクスーリャ。
「奈落の従者か」ヅォイァ目を瞠る。「まさか目にすることになるとは」
「奈落の従者? もしかして、最下層にいる化け物?」
 セラは第三十六階層でアシェーダが言っていたことをも思い返す。最下層ではこの世のものとは思えない化け物に。弱者が奴隷のように扱われていると。
「そう。この身体も我が抜けた後、ああなる」
「何?」
 コクスーリャが神を睨む。
「あれは我の憑代の成れの果て。身体しか持たぬ、抜け殻だ。咎人を懲らすだけの存在だが、もとは頂点に立ちし者、あの程度の人間どもを蹂躙するには充分だろう」
 神の言う通り、戦士たちは足止めされるだけに留まらず。すでに数人、命を散らしてしまっていた。
「そんな……」セラは悲痛な面持ちでヨコズナを見る。「じゃあ、最下層の状況はお前が作り出してるのかっ」
「ほうほう……確か、最下層がどうのと言っていたな。もしや、咎人の救済を願うつもりだったか? 笑止。罪には罰が与えられて当然のこと、お門違いも甚だしい」
「本当に罪を犯しているならともかく、弱いことが罪? ふざけないで! 弱い立場の人を救わないなんて、世界の神が聞いて呆れるっ!」
「人が、戯言を。もう駄目だ」
 ヨコズナは大きく息をした。
「お主は女だが、早々に消してやることにした。目障りだっ!!」

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