碧き舞い花

御島いる

329:消えた神、消えぬ雲。

 ギロリッ。
 ヨコズナ神の巨眼が、シメナワを捉えた。
 反撃かとシメナワが身構えるのをセラは神の視線を追った先で見た。すると突然、シメナワがその大きな体を小さく震わせた。次の瞬間に彼は力なくだらりとした。
「ヨコズナ神が消えたぞ!」
 セラが脱力するシメナワを確認するのと同時に、誰かがそう声を上げた。彼女が視線を神に戻そうとするが、確かにそこにヨコズナの姿はなかった。
 神の気配を感じることはできない。それは第一階層のどの戦士も同じようで、辺りを、主に広大な空を向いて頭をあちこちへと巡らせる。あれほど巨大な存在だ、姿を現せばすぐにわかる。
「異空の雲は消えてないみたいだ」
 空を見上げながら、コクスーリャが駆け足でセラのもとへ来た。彼女も空を見る。そこには白くて黒い、黒くて白い光沢をもった雲が未だに留まっていた。
「終わったわけではない、ということだな」
 ヅォイァだ。息が上がっている。年齢というよりも、セラとの戦いの疲労もあるのだろう。かくいうセラも疲労困憊。ヨコズナ神との戦いではその遅い動きのおかげで、わずかに休めはしたものの、それで傷が治るわけではない。この疲労は怪我からくるものが多くを占めているのだ。
 セブルスとしてオールバックにしていた髪はすでに、崩れていた。彼女はそれを頭の後ろで結わえ、普段通りの髪型へと戻した。
「何が起こるの?」
「さあ、見当もつかな――!?」
 コクスーリャが首を傾げかけたその時。彼は視線を横へ向けた。それはセラとヅォイァも同様で、三人は一斉に同じ方向を向いた。
 大きな気配だ。
 一つの気配が大きく膨れ上がり、かと思うと、その方向から男たちが悲鳴を上げ、吹き飛んできた。
 三人は飛んできた男たちを避けながらも、巨大な気配から意識を逸らさない。否、逸らせなかった。
 すでに気配の主は三人の前に移動してきていた。
 シメナワだ。白目をむき、セラに向かって拳を振り上げていた。
「っ!?」
 あまりの速さにセラはわずかに身を退くことしかできず。ヅォイァも突然のことに足がもつれ、後方へと倒れはじめた。
「セラフィ!」
 一人、コクスーリャが対応して、動き始めた。セラを押しやり、脚をシメナワに向かって振るった。狙ったのは顔面だ。
 しかしその攻撃はシメナワに受け止められた。軽く、まるで挨拶でもするかのように手を上げ、受け止めたのだ。そうして、ちらりと白目をコクスーリャに向けた。
 それだけ。
 シメナワはそれだけしかしていない。
 にも関わらず、コクスーリャの身体は大きく回転しながら吹き飛んだ。
「んぁっ……!!」
 先程の男たちのように悲鳴こそ上げなかったが、成す術がないようで、飛ばされるがままで、セラの視界の外へと追いやられた。
 それ以上、彼を気にしている暇は彼女にはない。尻餅を突きそうな老人にもだ。目の前には脅威がいる。今、改めてセラに向けて拳を振り上げた。
 探偵のおかげで作られたわずかな時間で、セラは身構え、相対する準備を整えることが出来た。
 何が何だかわからない戦況ではあったが、攻撃されているのは確か。何もしなければやられるだけだ。
 身の丈は彼女の倍。振り下ろされる拳に真っ向から立ち向かっても負けは見えていた。何より、シメナワはハマヤを超える実力者だ。
 セラは向かってくる拳に対して、潜るように前進した。意外にも簡単に懐へと入ることが出来た。そこから無防備な腹部へ閃きの剣を突き立てに行く。が、刃が獲物を捉えるその寸前。彼女はわざわざ敵の懐で花を散らした。敵の反撃を感じ取ったからではない、もとよりそうするつもりだったのだ。
 彼女はシメナワの背後。それも彼の身の丈をわずかに超える中空に姿を現した。下からの突き上げではなく、上からの突き立てを選んだのだ。
 敵は未だに先程セラがいたところへ拳を突き出している最中。反撃をしてくる素振りも、気配もない。
 初撃は華麗に大男の肩に突き刺さって、マカの刃は少し残ってすぐに消えた。じんわりと血が流れ出た。
「ぐんぬぅ……」
 シメナワが苦痛の声を漏らす。なんとその野太い声にはヨコズナ神の声が重なっていた。
 セラはシメナワの背を足場に後方へと宙返りし、距離を取った。彼女の横にヅォイァが棒を構えて並んだ。
「……なにも出来ず、済まない。しかし、今、ヨコズナ神の声が……」
「うん……」
「まだ、慣れんな、小さき体には」
 シメナワは言って、二人へと振り返った。

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