碧き舞い花

御島いる

328:巨神との戦い

 コクスーリャ、ヅォイァ、そして意識のないハンスケ。
 三人を連れセラが姿を現したのは、第十三層。彼女が女だとばれた階の、集会所の前だった。
「なぜ俺まで」
 最初に口を開いたのは老人ヅォイァだった。
「すでに死を受けようとしていたんだ。あのまま放って置いてくれればよかったものを」
「ヅォイァさん。あなたが長いこと戦いに身を置いてきた先輩だからって」セラは優しく、だが鋭く言う。「わたしはそんなこと頼まれてもしません」
 そのとき段々の頂上の方から空気を震わす程の大きな崩壊音がした。神の拳が大地を穿ったらしい。黄金色の俵が盛大に飛び散った。
 セラは構わず続ける。
「それに、あなたの命を奪ったのはわたしです。自由にしてもいいじゃないですか。わたしのために、全うに生きてください」
 そうヅォイァに笑いかけると、彼は一瞬顔をしかめてから口を開いた。
「生意気な小娘だな」と老人は楽しそうに笑う。「いいだろう。どのみち先の短い命だ。残りの命、お前くれてやろう。セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
「話はまとまったかな」
 コクスーリャが早口だが、しっかりと言う。
「さっきも言ったけど、ヨコズナ神を鎮めるほか、君や俺が帰る方法はない」
「しかし、シメナワさんらも戦うようだが……世界の神とまともに戦うことなど出来るのか、コクスーリャさんよ」
「さあわからない。けどシメナワが神を鎮めることを即座に宣言したところをみると、出来ないことではないんだと思――」
 上下に大きく地響きが起こった。
 続いて、彼女たちが後ろにする集会所が爆ぜるように崩れた。建物の破片の向こうには巨大な拳があった。
 気配は感じなかった。ヨコズナ神が姿を現したときと同じだ。
 しかし、その動きはやはり遅い。
 建物を一瞬にして粉々にする破壊力こそあれど、セラが早いと感じるには物足りない。だから、彼女は建物の破片たちに混ざり、飛び退いた。ヅォイァもコクスーリャも同じくで、ハンスケはコクスーリャによって抱えられていた。
 拳が戻っていき、抉れた地面の向こう側にヨコズナ神が顔を覗かせる。
「我は世界。どこにも隠れることなどできん」
「俺たちも逃げる気はない」
 コクスーリャはハンスケをそこらに降ろし、神に向かって駆けだした。駿馬だ。その勢いのままに神の頬に蹴りを入れる。
 が。
「軽い」
 ヨコズナ神はものともせず、コクスーリャを払おうとてを振るう。しかしそれも遅い。コクスーリャは軽々と跳躍して躱すと、神の手を足場にさらにもう一度、今度は額を蹴った。これもまた神はものともしなかった。
 セラとヅォイァも見ているだけではない。それぞれが動き出し、神の顔の至る所へ攻撃を加え始める。
 マカの剣を突き立てるセラ。しかし、刃は入らない。硬度や切れ味を意識して作ってみても、結果は同じだった。
 ヅォイァもデルセスタ棒術をふんだんに駆使していたが、やはり効き目はないに等しかった。
 神も神で反撃をするが、そのどれもが力だけの緩慢な動きで、人間と神は一進一退もせずに拮抗した戦いを演じてみせる。セラたちの戦闘技術や神の拳の凄まじい威力は目を瞠るものではあるが、どうにも停滞した戦い。
 何事かと、世界に起きている異変に気付いて屋外へと出てきていた十三階層の男たちも、呆けてしまう始末だった。
 そうこうしているうちに、天より野太い声をはじめとした男たちの雄叫びが降ってきた。シメナワたち、第一階層の戦士たちだ。
 彼らの登場に、十三階層の戦士たちは一瞬色めき出した。それも束の間、第一階層の男たちもセラたちと変わらぬ戦いをするもので、風通しの悪い戦いに見物人たちは首を傾げるばかりだった。
 それでも数の利か。人間たちが神を攻め立てる場面が多くなってきた。初め、一つ一つの攻撃にはものともしない神であったが、連続して滴り落ちる水が岩をも穿つかの如く、戦士たちの攻撃に反応を見せ始めた。
 それでいて、やはりヨコズナ神の緩慢な反撃など当たることはなかった。言わずもがなだが、戦っているのはフェリ・グラデムの頂点に君臨する戦士たちだ。当然だろう。
 そしてついには神が、苛立たし気に新たな動きを見せた。

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