碧き舞い花

御島いる

325:ちょっと待ってくれよ

 開始の合図と共にセラが、背後を取られた。その大きな体とは裏腹に、彼女の駿馬よりも速くハマヤは移動したのだ。
「!?」
「どうだ? お前の十八番だろ? 渡界人」
 声と共に、まるで大樹の幹のような剛腕がセラに振るわれた。
 側頭を狙うその拳をセラは受け止めるのではなく弾こうと考えた。わざわざ拳に向かい手の甲を振り、闘気の放出の技術を用いる。
 小さく弾かれた剛腕。しかしそれも束の間。
 彼女の細い腕では力を受け止めきれないだろうと、反発することを選んだわけであったが、それをも凌駕する剛力だった。
 再び迫る拳。彼女の腕を超え、パッと開かれる。かと思うと、セラの頭をがしりと鷲掴んだ。
「っぐぅ……」
「ぬる゛いわっ!」
 そのままセラの身体はふわりと浮き上がり、地面へと落とされる。
 刹那。
 地面まであとわずかというところで、セラはエメラルド共に弾け舞った。
「小賢しぃ」
 顔を上げたハマヤと目が合うセラ。彼女はわずかに黄金色にくすむ空だ。
 上空で回転して地に目を向けたわけだった彼女だが、すぐに足下に床の術式を出現させ、後方へと宙返りした。その最中、横目で見るのは空より高速で下降してきたハマヤだ。今しがたまで地に足を着けていたというに、目が合ったかと思った瞬間には彼女よりも高く飛び上がり、反転してきたのだ。
 その速さはセラでさえ目で追えないほどだった。ナパードには遠く及ばないが、かなりの速さだ。彼女が体感したことのあるケン・セイの最高速よりも速いと思われた。
 そして、また。
 着地したかと思えば、すぐに跳び上がった。先程はわざわざ通り越し、さらに上方からセラへ攻撃しようとしていたが、今度は下からそのまま彼女に迫る。
 ステップでは回避不可能だった。
 つまり彼女が取れる選択肢は一つ。ナパードに限られた。
 闘気を鎮静させ、行先を気取られないように、彼女は跳んだ。静かなるナパードの真骨頂ともいえるナパード。イソラ程の感覚がなければ、その行く先を知ることはできない。
 それ故、さすがのハマヤも空中で彼女を見失う。
 とはいえ、戦場は闘技場。行き先は限られる。
 セラは地上だ。
 彼女が空を見上げれば、すでにハマヤも地上に目を向けていた。最初と立場が反転しただけ。しかし、ただ空中にいるところを狙われるのとはわけが違う。セラは相手が降りてきたところで地上戦に戻すつもりだ。
 地上ならば力の差があろうとも、何も出来ないということはない。勝機を見出すことも出来るだろう。
 思考しつつ、息を整えようとしていると、間もなくハマヤが着地した。
「どこに跳ぼうが、逃げ場はないぞ」
「逃げる気はない」
 冷めた顔で、セラを見下すハマヤ。「いっちょまえな意地だ――」
「っ!?」
「――な!」
 言葉が終わるよりも早く、セラは間合いを詰められた。すでに拳が振り向けられている。防御の姿勢に入る彼女だが、体の前で構えた腕もろとも身体を殴り飛ばされる。
「んあっ……」
 軽々と吹き飛び、地面に倒れる。そんな彼女の顔に、追撃とばかりにハマヤの足が迫る。
 転がって躱すと、彼女がいた場所は大きくへこみ、亀裂に囲まれた。セラはそれを見ながらもすぐさま立ち上がり、反撃の拳を振るった。
 ぺちっ――。
 セラの拳はハマヤの頬にきれいに納まった。だが男は微動だにしない。
 闘気は放出した。それなのに敵はびくともしなかった。急激に気配が大きくなったのだ。そのことにセラが驚き、わずかに動きを止めたところを、ハマヤは見逃さない。
「どうしたよ。疲れたか?」セラの腕を潰れんばかりの力で握った。「あの程度の連戦で? その程度の傷で?」
「ぅぁあ゛ぁぁ……」
 あまりの力の強さに、セラは抵抗することも、それこそナパードで逃れることも思い至らず。ただただ苦痛に声を絞り出すことしかできない。
「それとも、もとよりこの程度の力量か。……笑わせる。戦士を名乗るに値せん、弱者め」
「ぐぅんっふぅぅう゛ぅぅぅっんふん゛っふはんん゛っふぅぅぅっんはっっぅ……」
 セラはやっとの思いで呼吸する。瞳には涙、額には脂汗が浮かぶ。
「ふんっ」ハマヤは力を緩めることなく、闘技場の外、エーボシに目を向けた。「エーボシ。終わりだ。こんな下らん戦い、早々に終いだ」
「はい。それでは――」
「ちょっと待ってくれよ」
「なに?」
 横から入れられた声に、わずかにハマヤの力が弱まった。セラは涙に歪んだ視界に、闘技場の外、立ち上がったコクスーリャの姿を捉えた。

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