碧き舞い花

御島いる

320:それはただ、歴史の一幕に過ぎず。

 数十秒、セラは致命傷を狙ってこない攻撃を甘んじて受けた。その間に、本体と分化体に何か違いはないかと八人のハンスケをそれぞれ注意深く感じ取ったのだ。
 しかし成果は見られなかった。全員が全員、まったくの同一人物。
 このままではそろそろ身体が危険だと判断し、自身の周りに多くの刃が集まる瞬間を見計らい、全方位に向けた衝撃波で弾き散らした。
「反撃に出るのか?」一人のハンスケが言う。セラの正面に立つハンスケだ。「命を投げ出すものだと思ったぞ」
「簡単に諦めるわけにはいかない境遇でね。なにより、俺は負けず嫌いなもんでっ!」
 セラはひとまず喋っているハンスケに向かって駆け出す。感覚では選別できないのならと、触れてみた違いを確かめようと試みる。
 駿馬で駆けた彼女にハンスケは反応する。互いが互いの腕を掴み合う。
 触った感触は生身の人間。一瞬でそう判断するセラ。背後から残りのハンスケたちが迫っているのを感じる。直ちに離れようとする彼女だが、目の前のハンスケが簡単に逃がしてくれるはずもなかった。
 掴まれた腕が、数多の傷も相まって痛む。
 セラはハンスケの腕を離し、空いた手で男の顔を殴りにかかる。それは自由になったハンスケの腕によって阻まれる。だがセラは読んでいた。甘くなった彼の脇に蹴りを入れた。
「っ……」
 怯んだ。好機を逃さず、彼女は腕を引いた。傷口がすれることなど気にせずに勢いよく。そして流れるように回し蹴りをお見舞いし、ハンスケを飛ばす。
 一瞬の出来事ではあったが、すでに七人のハンスケは目前。一人目、二人目、三人目……。
 四方八方から無作為に飛んでくる拳や蹴り。さすがの彼女も全てには対応できなかった。一人を退ければ、別のハンスケから一撃を食らい、よろけた先でまた別の一撃。防いだかと思えば、がら空きとなった箇所を狙われた。
 通常の多人数相手とはわけが違う。
 複数人を相手にするとはいえ、分化は全てが同一人物。意思の疎通は双子以上かもしれない。一糸乱れぬ連携でセラに襲い掛かる。
 そのうえ、ハンスケの実力は狼男ポルザのように偽ることなく、彼女と同程度。そして、セラは多大な数の傷を負っている。
 苦戦を強いられるのは妥当だった。
 この間もそれぞれのハンスケの感触を確かめていたセラだったが、ついには分化を解明することを諦めた。戦い以外のことをしている余裕なんてなかったのだと考え直す。
 そして、この状況を、試合を終わらせる方法を即座に頭に描いた。
 碧き花が、瞬く間に八度、散り舞った。
 完全に虚をついた。
 全てのハンスケを、それぞれ一撃で確実に気絶させて見せたのだ。
 ナパードをこれまで使ってこなかったことが功を奏したらしい。セブルスの正体が『碧き舞い花』セラフィだと知っていたはずのハンスケであったが、八人が八人とも状況の変化についていけていなかった。
「ここで使うか……」
 最後のハンスケが気絶寸前に言った。そのハンスケをはじめ、七人のハンスケがその姿を消した。残ったのは一人は闘技場に伏していた。あれが本体か。
「……勝者、セブルス!」
 エーボシは先の試合と同様に、不満げに勝者宣言をした。セラはそれを軽く聞き流しながら、客席の会話に耳を傾けていた。
「あれ、なんだ、今の?」
「知らねえのか? 渡界術だろ」
「さっきのが渡界術? あのナパスの民の?」
「そうだ」
「噂は聞いたことあるが初めて見たぞ、俺は」
「ああ、お前ずっとここなんだっけか。よかったじゃねえか、ここ最近じゃ滅多に見れねえもんだぞ、渡界術」
「なんで?」
「もう、だいぶ経つけどよ、世界が滅んだんだよ。一族の多くと一緒に」
「へぇ。そりゃ運がいいや」
『夜霧』によるエレ・ナパス侵攻も、当事者では無ければ歴史の一幕に過ぎない。異空史での重大度や知名度で言えば、『蒼白大戦争』の方が上だろう。ふと耳にした会話だったが、彼女の心に荒んだ風を吹かせたのは言うまでもない。
 わずかに俯くセラ。
「敗者の捕縛を」
 エーボシの声で彼女は視線を倒れるハンスケへと向ける。紫の衣装に身を包んだ行司が二人、彼を闘技場の外へと運び出した。ヨコズナ神の正面、俵の台にもたれ掛けさせ、その手足を縛った。
 ――そっか、最後にまとめてってことになったんだ。
 セラはどうにかして、一戦交えた戦士たちを救えないものかと考えていた。このまま勝ち進み、全員に勝てばあるいは、と。

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