碧き舞い花

御島いる

310:前夜の訪問者

 窓の外に見えるは黄金に輝く瓦屋根の塔。太陽が近いからではなく、町そのものが輝きを帯びている。
 フェリ・グラデムの頂。第一階層。
 下からはっきり見えなかったのは遠く、霞がかっていたというわけではなく、この煌びやかさからだったのかもしれない。施錠された一室で、ふと思うセラだった。
 女性であることが発覚してから二日目の朝。今日が神前試合の日だと、昨夜コクスーリャが伝えに来た。本来は行司の一人が任されていたそうなのだが、強者である彼は申し出てその役目を変わったのだそうだ。


「ナパスの民だろ? どうして逃げない」
 施錠を解き、部屋に入ってくるや否や彼は爽やかに言った。新月の夜だったが、窓からは建物が放つ淡い輝き差していた。月明かりのようにそっと彼の笑顔を引き立てる。
 部屋は施錠こそされているが至れり尽くせり。その上、見張りが建物の周りにいることは感じられるが、セラの身に拘束はない。
「……それは違う気がするから、かな……わかんない」
「試合、明日に決まった。それを伝えに来たんだけど、まさか明日もナパード使わない気か? セブルスもナパスの民。そういう設定でいいんじゃないか?」
 ベッドに腰掛けるセラに対面するように、安楽椅子に座るコクスーリャ。
「あなたに心配されることじゃないと思うけど?」
「心外だな。この前も言ったように、俺は君に協力するつもりなんだけど。第一階層の強さは別格だ。彼らが君を笑ったのも侮っていたからじゃない。絶対的な自信があったからだ」
「それくらいわかってる。あなたは気配を消してるけど、他の人たちは見せつけるようだった」
「じゃあ、本当に易々と殺される気か? 二十戦以上を休みなく連続でやることになるんだぞ。悪いけど、勝てても五戦。俺はそう考えてる」
「勝手に決めないで」
 威勢を張ってはいるが、セラもそのくらいが限度だろうと感じていた。
「用が済んだら出て行って」
「用は済んでない。君に予定を伝えるためだけに、ここに来たと思ってんの? 第一、用があるのは君の方のはずだけど」
「……。あの走り書きだけで信頼出来るとでも? 無茶言わないで。あなたは『夜霧』の将。わたしの中ではまだ揺らいですらない」
「ちゃんと疑ってるね。あれだけで信じるような人間とは協力する気はなかったからね。まずは合格点だ」
「信頼できる証拠がないなら、話をする気はない。嘘を教えられでもしたら、みんなを危険に晒すことになる」
 ゆっくりと数度頷くコクスーリャ。「その通りだ。ちゃんと考えてるな」
 彼は安楽椅子に身を任せた。椅子が静かに軋み、揺れる。揺れが収まるとサファイアを見つめる。
「さて、君に信頼してもらえるよう、証拠を出さないといけないわけだ。けど、俺が信頼を勝ち得るために出せるのは情報くらい。それを話しても、その情報すら嘘ではと疑われる可能性が高い。仮に何か、君が嘘ではないと確認できる情報を俺が出したとしても、事前に俺が、君の知りえることを調べておいて話したのではないかと、疑われる。だろ?」
 饒舌に、だが早口にならず聞き取りやすい口調。
 セラは頷く。「そうね」
「うん。つまり俺には出せる証拠はない」
「つまり、用はないってことね。ここで拘束して、評議会に戻って情報を聞き出すってほうがいいかも」
「まあ、待て。証拠はないが、信用してもらえる方法がある。俺が嘘を言わないと、確実にそうなる方法が」
 爽やかに笑んで、コクスーリャは懐を探る。セラは警戒の眼差しを向ける。
「これだ」
 彼が取り出したのは、小さな四角い箱だった。半透明で、中には楕円形の粒が五、六個ぼやけて見えている。
「何? 錠剤?」
「ご明察。さすが薬を学んでる人だ」
 言いながら、彼がケースを開けると、真っ白な錠剤が露わになった。
「薬? 毒じゃないの? ここでわたしを始末するための」
「君に毒は効かないだろ」
「分かってて出したかってことを確かめたのっ」セラはムキになって言い返した。そして続ける。「それで、それがどうして嘘を言わないってことになるの」
「これは俺たちが使う、七つ道具の一つ。『真実の口』って薬だ。当然、俺たちっていうのは『夜霧』のことじゃない。そのことも含めて、これを飲んで、その効果を確かめてから話そうと思うんだけど、飲むよな?」
 セラにはそこらの毒ではまったく効果がない。彼女が一番知っていることだ。仮に差し出された錠剤が毒であっても害はない。敵からの提案ではあるが、彼女も情報が欲しい。これくらいならば信じてみてもいいと感じた。
「もちろん」

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