碧き舞い花

御島いる

308:露見

 三十五層から二十層まではトントン拍子で駆けあがった。
 しかし、十九層からは一筋縄ではいかない戦士たちが現れ始める。それでも、時間こそかかったが、負けを経験することなく、彼女は十三層まで上り詰めていた。
 そしてこの十三層で、事件は起きた。
 敗北の危機は今まで通りなかった。それでも、一層をあがるために要する時間が長くなったことが災いした。
 宿の部屋、気を抜いた時の出来事だった。
 気を抜いていたと言っても、セラが周囲への警戒を全くしていなかったわけではなかった。しかし、ここまでばれることなく来た彼女は、油断していた。慣れが、気の抜き加減を狂わせた。
 さらに言えば、その時彼女の部屋を訪れた相手が悪かった。
 長いこと同じ層にいるとそれなりの交友関係が生まれるわけだが、その日彼女を訪ねた男は気配を消すことがうまかった。戦いの中では決して見失うようなことはなかったが、彼女は先述の通り、気を抜いていた。
 セラはシャワーを浴びていた。
 そんな中、戦友セブルスがシャワーから出たところを驚かせようと、部屋に入り込んだその男。逆に驚いたことだろう。
 浴室から出てきたのが麗しき美女だったのだから。
「セブ……女!?」
「きゃっ」思わず女声で声を上げ、体をタオルにくるむセラ。
「おんなぁあああああああっ!!」
 男の叫びが宿中に響き渡った。


 フェリ・グラデムに女が入っていたという事実はすぐさま第一階層に伝わった。その間に、セラは女の姿のまま、集会所となっている広い建物で縄に縛られていた。手首と足首だ。
 事態は最悪ではあったが、すぐさまヨコズナ神の前に差し出され、番狂わせが起こるのではと思っていたセラは少しながら安心していた。
「まさか、女だったとはな、セブルス」
 セラを見張るのは彼女の部屋を訪れた男。脂肪に包まれた体躯ではあるが、筋力が発達している。戦った時は身軽に動いていた。しかし、降りかかってくる声は重く圧し掛かるようだった。
「よくも侮辱してくれたな。俺は、女に負けたんだ」
 それなりに仲良く会話できていたはずだった。それなのに、この変りよう。それに性別による差別。セラは見上げ睨む。
「戦いに男女の差なんて関係ない。女でも、男に勝てる」
「黙れっ」
 男がセラの頬を張った。容赦がなかった。セラは床に叩き付けられた。
「んぐっ……!」
「ふん、こけにしてくれた仕打ちだ。覚悟しろ」
 男は肩をぐるぐると回し、手足の自由の利かない彼女に殴りかかろうとする。ちょうどその時だ。集会所の扉が開き、多くの男たちが入ってきた。
「何をしている。お前にそこまでする権限があるのか?」
 野太い声がそう言い放ったかと思うと、男は振り上げた拳を下げる。そして「すいませんでした」と頭を深々と下げると集会所を出て行った。
 セラは倒された体勢のまま入ってきた男たちを見やる。全員が第一層の男。当然コクスーリャの姿もあった。中には気配の小さい、揃った紫色の衣装に身を包む者もいる。彼らは行司だ。以前コクスーリャが言っていた紫というのは彼らのことだったのだろう。
 コクスーリャがセラのもとに歩み寄ってきて、膝を折った状態に起き上がらせてくれた。すると、彼女の前に先ほどの野太い声の男が立った。身の丈が彼女の倍近くあり、昔彼女がヒィズルできたガウンのような着物に似た服を着ている。
「女。名は」
「……」
 わずかに躊躇う彼女に隣に立つコクスーリャが言う。「答えて」
「……セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」
 大男の後ろで何人かが声にはならない息を漏らした。おおよそは出で立ちが様々で、外の世界の人間と見て取れた。そんな反応を背に、大男がセラに訊く。
「生憎、おいは異空に疎い。名の知れた者か?」
「えっと……」
 セラがどう答えるべきか悩んでいると、コクスーリャが口を開く。
「あなたでも聞いたことはあるでしょう、シメナワさん。『碧き舞い花』。それが彼女です」
「ほお」
 シメナワと呼ばれた男は野太い息を漏らし、セラを下から上まで眺めた。

「碧き舞い花」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く