碧き舞い花
294:男装の麗人セラフィ
静かな会議室。セラの息が漏れる。
「ぅっ……苦しい、もう大丈夫でしょ? ルピ」
「ダメダメ、我慢しなっ」
セラの胸を覆うコルセットを、ルピは力を込めてさらに絞めた。
「はい、出来た」
「……息苦しい。これで戦えるか確認が必要だよ」
コルセットの上から、無地の雲海織りを着ながら言うセラ。
「セラなら大丈夫っしょ。ほら、これ、上から着て」
そう言ってルピから渡されたのは、セラの全身を覆えるほどのポンチョ。女性の象徴である胸を押さえつけたわけだが、それだけで起伏が全くなくなるわけではない。身体の線そのものを隠すための処置だ。
身動きにより捲り上がることを防ぐために、両脇の下には留め具がついている。彼女がそれを止め終わると、ルピは「よし」と言って部屋の外で待機しているゼィロスを呼びに行った。
ほどなくして、ルピがゼィロスと共に戻って来た。セラは行商人のバッグをポンチョの上から斜め掛けしながらそれを迎えた。
「ズィー、ヒュエリさん?」
二人の後ろにはズィーとヒュエリがいた。セラにはその事実は分かっていたのだ、二人がここにいる理由に首を傾げた。
「男装を待ってる間に会ってな」とゼィロス。「ズィーには次の任務について伝えてたところだ。ヒュエリにはこれからプルサージを見てもらうつもりだ」
「キノセみたいだな」ズィーはセラを見るなり笑った。「オールバックって」
セラは男装の一環として、その白銀を後ろへと流していたのだ。
「あそこまでべったりさせてないでしょ」セラはムスッとする。「用がないなら帰ってよ」
「まあ、用はないけどよ。別にいいだろ。そばで守れなくなるんだから、見送りぐらい」
「なら笑うことないじゃん……」
「そうですよ、ズィプくん。セラちゃん、かっこいいじゃないですか!」
「そうだそうだ、わたしが提案したんだぞ、オールバック。髪短く切ろうとしてたんだから、セラ」
「えっ!? そうなんですか? ダメですよ、セラちゃん! きれいな髪なんですから、大事にしてくださいっ」
「理想としては切る方がよかったんだがな、髪はまた伸びるからな」
ゼィロスがそう口走ると、ヒュエリがキッと眉尻を上げた。
「ゼィロスさん、分かってないですね。女の子にとって髪の毛はとっても大切なものなんですよ! 簡単に切れだなんて……酷すぎますっ!」
「……ぁぁ、そうか。すまない」
腕を何度も振って、灰銀髪を振り乱して力説するヒュエリに、ゼィロスは取りあえずといった感じで謝った。
「本当に分かりましたか?」
下から覗き込むように、腕を組んで問うヒュエリ。
「もちろんだ。そうだな、次からは軽率に言わないよう気を付けよう」
威厳ある声でゼィロスは言った。不確かな返答では問答を繰り返すと思ったのだろう。「わかればいいです」とヒュエリが納得したのを見て、小さく肩を竦めたのを姪は見逃さなかった。
「では、セラ。最終確認だ」
「あ、うん」
セラは自分の身体を見回す。オーウィンを背負わない背中はわずかばかり心もとない。古いものだから得られる情報はないに等しいと思われたが、親指につけていた指輪は研究部門に提出した。薬カバンも部屋に置いてきている。必要最低限の薬草類は背のバッグに入れてある。
行商人のバッグの他に普段から身に着けているものといえば、円柱状の水晶の耳飾りが右耳たぶ。首から下がり、服の中にしまい込んだ『記憶の羅針盤』。それくらいなものだ。
『記憶の羅針盤』を隠していると漂流地での暮らしを思い起こす。渡界人クァスティアやズィードは元気だろうか。『夜霧』の元部隊長ギュリの支配から解放され、平和に暮らしているだろうか。思えば、あの時もオーウィンを使わずにギュリを倒していた。
そう思い返していると、ふと少年ズィードとの約束を思い出した。戦士を目指すと決めた少年との約束。会って、勝負する。いつか叶う日がくればいいな。セラは独り微笑んだ。
「どうした?」と伯父が訝しむ。
セラは首を横に振る。
すると揺れる耳飾りを見て、ゼィロスが言う。
「耳飾りは外さないのか」
「え、駄目? 男の人でもつけてる人いるよね?」
セラは他の三人に確認するような目を向ける。三人とも頷いた。
「まあそうだが。本当のことを言えば、耳飾りは外してもらいたい。敵によってはお前の特徴として覚えているかもしれんからな。渡界人だとばれる恐れがある羅針盤は隠せるし、帰るときに必要だからいいが……」
「耳飾りでばれる? 考え過ぎだよ、伯父さん」
「そうだよ、考え過ぎ」とズィー。
「似たようなものはいくらでもあると思いますよ?」とヒュエリ。
「それに、今までずっと付けてるもん外したら、跡が残って、目敏い奴なら不審がると思うよ、ゼィロスさん」とルピ。
「……」三人の意見に押されたゼィロスは少し考えてから頷いた。「まあ、いいだろう」
「ぅっ……苦しい、もう大丈夫でしょ? ルピ」
「ダメダメ、我慢しなっ」
セラの胸を覆うコルセットを、ルピは力を込めてさらに絞めた。
「はい、出来た」
「……息苦しい。これで戦えるか確認が必要だよ」
コルセットの上から、無地の雲海織りを着ながら言うセラ。
「セラなら大丈夫っしょ。ほら、これ、上から着て」
そう言ってルピから渡されたのは、セラの全身を覆えるほどのポンチョ。女性の象徴である胸を押さえつけたわけだが、それだけで起伏が全くなくなるわけではない。身体の線そのものを隠すための処置だ。
身動きにより捲り上がることを防ぐために、両脇の下には留め具がついている。彼女がそれを止め終わると、ルピは「よし」と言って部屋の外で待機しているゼィロスを呼びに行った。
ほどなくして、ルピがゼィロスと共に戻って来た。セラは行商人のバッグをポンチョの上から斜め掛けしながらそれを迎えた。
「ズィー、ヒュエリさん?」
二人の後ろにはズィーとヒュエリがいた。セラにはその事実は分かっていたのだ、二人がここにいる理由に首を傾げた。
「男装を待ってる間に会ってな」とゼィロス。「ズィーには次の任務について伝えてたところだ。ヒュエリにはこれからプルサージを見てもらうつもりだ」
「キノセみたいだな」ズィーはセラを見るなり笑った。「オールバックって」
セラは男装の一環として、その白銀を後ろへと流していたのだ。
「あそこまでべったりさせてないでしょ」セラはムスッとする。「用がないなら帰ってよ」
「まあ、用はないけどよ。別にいいだろ。そばで守れなくなるんだから、見送りぐらい」
「なら笑うことないじゃん……」
「そうですよ、ズィプくん。セラちゃん、かっこいいじゃないですか!」
「そうだそうだ、わたしが提案したんだぞ、オールバック。髪短く切ろうとしてたんだから、セラ」
「えっ!? そうなんですか? ダメですよ、セラちゃん! きれいな髪なんですから、大事にしてくださいっ」
「理想としては切る方がよかったんだがな、髪はまた伸びるからな」
ゼィロスがそう口走ると、ヒュエリがキッと眉尻を上げた。
「ゼィロスさん、分かってないですね。女の子にとって髪の毛はとっても大切なものなんですよ! 簡単に切れだなんて……酷すぎますっ!」
「……ぁぁ、そうか。すまない」
腕を何度も振って、灰銀髪を振り乱して力説するヒュエリに、ゼィロスは取りあえずといった感じで謝った。
「本当に分かりましたか?」
下から覗き込むように、腕を組んで問うヒュエリ。
「もちろんだ。そうだな、次からは軽率に言わないよう気を付けよう」
威厳ある声でゼィロスは言った。不確かな返答では問答を繰り返すと思ったのだろう。「わかればいいです」とヒュエリが納得したのを見て、小さく肩を竦めたのを姪は見逃さなかった。
「では、セラ。最終確認だ」
「あ、うん」
セラは自分の身体を見回す。オーウィンを背負わない背中はわずかばかり心もとない。古いものだから得られる情報はないに等しいと思われたが、親指につけていた指輪は研究部門に提出した。薬カバンも部屋に置いてきている。必要最低限の薬草類は背のバッグに入れてある。
行商人のバッグの他に普段から身に着けているものといえば、円柱状の水晶の耳飾りが右耳たぶ。首から下がり、服の中にしまい込んだ『記憶の羅針盤』。それくらいなものだ。
『記憶の羅針盤』を隠していると漂流地での暮らしを思い起こす。渡界人クァスティアやズィードは元気だろうか。『夜霧』の元部隊長ギュリの支配から解放され、平和に暮らしているだろうか。思えば、あの時もオーウィンを使わずにギュリを倒していた。
そう思い返していると、ふと少年ズィードとの約束を思い出した。戦士を目指すと決めた少年との約束。会って、勝負する。いつか叶う日がくればいいな。セラは独り微笑んだ。
「どうした?」と伯父が訝しむ。
セラは首を横に振る。
すると揺れる耳飾りを見て、ゼィロスが言う。
「耳飾りは外さないのか」
「え、駄目? 男の人でもつけてる人いるよね?」
セラは他の三人に確認するような目を向ける。三人とも頷いた。
「まあそうだが。本当のことを言えば、耳飾りは外してもらいたい。敵によってはお前の特徴として覚えているかもしれんからな。渡界人だとばれる恐れがある羅針盤は隠せるし、帰るときに必要だからいいが……」
「耳飾りでばれる? 考え過ぎだよ、伯父さん」
「そうだよ、考え過ぎ」とズィー。
「似たようなものはいくらでもあると思いますよ?」とヒュエリ。
「それに、今までずっと付けてるもん外したら、跡が残って、目敏い奴なら不審がると思うよ、ゼィロスさん」とルピ。
「……」三人の意見に押されたゼィロスは少し考えてから頷いた。「まあ、いいだろう」
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