碧き舞い花

御島いる

288:議題 潜入作戦・解放作戦

「この間遠征から戻ったメルディンは、もちろん、手が空いているだろ? そのことに異論はないな?」
「……そうです~が」メルディンはまだ不満気だ。「しか~し、手が空いているのはあなたのお弟子さん~も同じで~は?」
 張り付いた笑みがセラの方を向いた。四年経った今でもメルディンは他世界の者と心を通わせようとはしない。
 評議会という組織自体には従っているが、慣れ合う気はない。そういった態度だ。
「セラには別任務を与えるつもりだ。コクスーリャ・ベンギャの方を一人で任せる」
「?」
 ゼィロスのその言葉に、発した本人と、新人であるヒュエリとユフォンを除いた全員がどよめいた。
 会話をしていた流れでメルディンが口を開く。彼の張り付いた笑みも心なしか引きつって見える。
「気は確かです~か? まさ~かとは思います~が、あなた~が敵拠点の情報を忘れた~のです~か?」
 セラもメルディンに同意するように、ゼィロスに視線で問う。
「まさか。情報を鑑みての人選だ」
「伯父さん、それならズィーじゃないの?」
『夜霧に』関わる任務を与えられることは彼女にしてみれば、久しいことであり、喜ばしいことだ。ゼィロスの発言は、異空巡りと仲間集めに重きを置く時期を脱したという宣言でもあった。
 しかし、異空を巡り知識を得た彼女には、評議会が得ている情報について、その多くを賢者たちに問わずとも理解できる。
「『フェリ段々畑グラデム』は男の人しか入れないでしょ」
 判明したコクスーリャの治める世界。そこは女人禁制の地であった。異界人にもそのしきたりを強いることで有名だった。故に、それを聞いたヒュエリは会場に遅ればせながら、一人小さく驚いた。そしてそれを不思議がったユフォンがひそひそと師と会話を交わし、彼もまた小さく驚いた。
「そうだ。だからこそ、相手も女であるお前が入ってくるとは思わないだろ? もちろん、男装をはじめとした変装はしてもらうぞ」
「いや、だからズィーに――」
「今回は潜入調査だぞ? あいつの不得手とすることだろ。その点、お前は気配を押し殺す術も学んでいる」
「そう、だけど……」
「渋っていま~すよ、あなたの弟子」とメルディン。「なんな~ら、わたくし~が変りま~すよ」
「駄目だ。これはセラでなければならない」
「なぜ~ですっ? 弟子への贔屓な~ら、いくらあなたで~も、許されることで~はありませ~んよ」
「贔屓か、ないと言えば嘘になるだろう。しかし弟子への贔屓ならば、やはりフェリ・グラデムへはズィーを行かせるのが普通だろう? 禁忌をわざわざ犯すんだ、策がある」
「策?」とカッパが嘴を開いた。
「ああ。これからそのことを話すが、その前にスウィン・クレ・メージュの件はもういいか?」
 ゼィロスはメルディンを半ば威圧するような目で見つめた。
「その策~が、素晴らしいものだ~と、願いましょ~う」
 不承不承といった頷きを見せ、メルディンは背もたれに深く倒れ込んだ。


「最初に言っておくと、この策は潜入捜査とは真逆だ」
 ゼィロスはそう前置きをしてから、話し出した。
「そもそも潜入がうまくいき、何かしらの情報を掴めればそれで成功なのが今回の作戦。この策はそこに上乗せ、もしくは第二の作戦として盛り込む……解放作戦だ」
「解放作戦!?」テングが怒りと驚きの入り混じった形相で大声を上げる。「ズエロスよ、それを渡りの民の娘一人にさせると言うか! そのようなこと、わしとて笑えんぞ!」
 室内も本日二度目のどよめきだった。
 それもそのはず、解放作戦とは読んで字のごとく、『夜霧』に支配された世界の解放を目的とした作戦。それはすなわち、『夜霧』との戦争を意味している。モノノフ、マツノシンや双子ノーラ=シーラが訓練場でセラに言っていたのも、フェリ・グラデムとは別の世界の解放作戦のことだ。そしてそれは、両者を含めた多くの戦士が、同一の戦場へと向かうものだ。今回に限らず、過去の『夜霧』との戦争はそういうものだったのだ。
 それを、ゼィロスはセラ一人にさせようとしている。一同はそう受け取り、隣り合った者たちとあれやこれやと眉を顰め合っているのだ。
「待て、テング。みんなもだ。最後まで聞け」
 ゼィロスが静聴を促すが、皆の声は止まない。
「まだ話は終わってないっ!」
 と声を荒らげたのはゼィロスではなく、ンベリカだった。腕を組み立ち上がった薄衣の司祭に、誰もが目を向け、黙り込んだ。
「んん゛っ」ゼィロスは咳払いをすると、お礼を言った。「またすまないな、ンベリカ」
「別にいいんだ。訊かなきゃわからんことは訊かなきゃわからんからな。しっかり説明してくれ、ゼィロス殿」
 そう正論たる正論を堂々と言うと、司祭はどこっと椅子に座った。その姿を見届けると誰もがゼィロスに注目する。そこでゼィロスは一息ついてから話を再開させた。
「いいか、あくまでも作戦は情報を得ること。セラが難なく潜入を終えればそれでよし。そこで終わりでも構わなない。だが、フェリ・グラデムは奴らの拠点の中でも特殊な地だ。侵攻という侵攻を受けず、今も独自のしきたりを失わずにいる。むしろ『夜霧』はしきたりに則り、共存に近い、他に例を見ない平和的な方法で拠点としている。『夜霧』がなぜ侵攻せず、恐怖支配もしないのか、それは今回セラが探ることの一つだろうが、つまり……魔導賢者」
 ゼィロスは突然言葉を切ると、ヒュエリに目を向けた。
「は、はひぃ!」
 突然の指名にヒュエリは椅子から転げ落ちんばかりに身震いした。
「そう気張らなくていい、ヒュエリ。君の知識がどれ程のものか、みんなに見せておく必要があるからな、質問だ。今は女人禁制というしきたりそのものだけが独り歩きして異空に広まっているが、そもそもなぜ、フェリ・グラデムに女性が足を踏み入れてはいけないのか、知っているか?」
「……えっと、女人禁制が破られると、破った女性は死に至る病に…………」
「それはここにいる全員が知っている。だからさっきの騒ぎだ。しかしそれは、女性が自ら入ろうとすることを防ぐための脅し、女人禁制を守らせるための言い伝えだ。本当に起こることではない」
「さいなのか!? 実際には死なぬと?」
 テングが驚く。最年長の賢者である彼が驚くということは、それほどに昔から異空中に偽りの言い伝えが知られているということだ。
「そうだ。だが、絶大な抑止力になっている。口外はなしだ」ゼィロスはテングをはじめ、部屋の面々に確認の視線を向け、再度ヒュエリを向く。「さすがにそこまでは知らないか?」
「……いえ、知っています。番狂わせ、です。番狂わせがおきます。過去に一度だけ起きたと、魔導書館、東館三階第二百四十九番棚三十七段九十一冊目の本に書かれていました。えっと、すいません、題名は、覚えてなくて……」
「……。いや、大丈夫だ」ゼィロスは一瞬眉根を寄せたが、すぐに彼女に微笑みを向けた。「そう、それだ。さすがは魔導賢者の名を継いだだけはある。ありがとう、落ち着いて今後の話を聞いていてくれ」
「は、はいぃ」とヒュエリはほっとした様子で椅子に座り直した。
「今、ヒュエリ女史が言った通り、あの世界には番狂わせという特異な現象が起こる。あくまでも密偵が終わったらだが、俺はこの番狂わせを利用してもいいのではと考えている」

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