碧き舞い花

御島いる

286:評議、はじまる……

 セラがイソラと共にヒュエリとユフォンを連れて会議場へと戻ると、すでに数名、賢者たちやその弟子たちが椅子について待っていた。空席はいくつかあるが、部屋は静寂。評議は間もなく始まりそうな雰囲気だ。
 招集は第二位まで。
 人数の増えた賢者評議会では簡易的な位分けを行っていた。
 ゼィロスやテングなどの賢者たちと、賢者ではないがカッパなどの評議会立ち上げ当初から参加している賢者に準ずる者たちを第一位。賢者の正当な弟子、評議会発足後に参加した賢者や準ずる者を第二位。戦士、技術者問わず、功績を認められて任務を仕切る立場にある責任者、第二位賢者の正当な弟子を第三位。その他のメンバーを第四位としている。
 セラはもちろん第二位だ。
「魔導賢者、そしてその弟子。二人はこっちへ」部屋に入ってきた四人に、入り口正面の椅子に納まるゼィロスが立ち上がり言った。「セラとイソラはそれぞれ、師の後ろへ」
 緊張した面持ちのヒュエリとそんな彼女を落ち着かせるような表情のユフォンが、部屋を横切るように中央を行くのを見送り、セラは先に移動していたイソラとは反対回りに、参加者たちが座る椅子の後ろを通って自分の席まで移動しはじめる。
 道中、退屈そうに座る『鍵束の番人』ルピ・トエル目が合った。すると、ルピはニッと歯を見せて快活な笑顔を見せた。セラも笑みを返す。すると、ファスナーだらけの服の彼女は手で輪を作り、口元でクイッとしゃくりあげた。それにはセラは苦笑を返し、声を出さずに口を動かした。「あとで」
 出会った当初こそルピは、まだまだ子供だったセラやイソラを見下すような態度を取っていたが、今ではその活躍を認め、深い付き合いだった。時間が合った夜にはよく三人で酒を飲み交わしていた。さっきの仕草はその誘いだ。
 ふと、彼女の隣の席が空いているのがセラの視界に入った。ゼィロスの斜め後方にある席に辿り着くと、座りながら空席を視線で示し、再度ルピを見た。
 ルピは肩を竦め、首を傾げた。それを見たセラはイソラが座ったケン・セイの斜め後ろの席、そのもう一方に視線を向ける。テムの席だ。
 テムが視線に気付くと、セラはルピの隣の席を示し、問うような目を彼に向けた。彼は首を細かく横に振った。参加資格のある者に声を掛けた彼が首を振ったということは、その席の人物は参加しないということだろう。評議への参加を断るような性格ではない。今スウィ・フォリクァにはいないのだろう。
 思い至って気配を探るが、サパル・メリグスの気配はやはり見つからない。やはりエァンダ救出のために、『異空の悪魔』の痕跡を追って奔走しているのだろう。
 ビュソノータスでの一件から、悪魔は評議にも取り上げられるだけの惨事を幾度と起こしてきた。だが、一度大きな事件を起こすと姿をくらまし、次に現れるのは何カ月も後というふうに、惨事と惨事の間には長い期間があった。これはエァンダが悪魔の動きを制限しているのではないかと考えられている。
 その断続的な大惨事の最新の情報がつい最近入ったのだ。サパルは今、その調査のために外にいるということだ。
 悪魔による惨事はこれで最後になってほしいと願うセラ。ゼィロスが声を発したのはその時だった。
「では、これより評議をはじめる」
 一同がゼィロスに注目する。
「はじめに、魔導賢者の合流を報せる。では軽く、挨拶をしてもらう」
 とゼィロスはヒュエリに促し、自分は椅子に戻る。だが、そこで声が上がった。丁寧だが棘のあるいやらしい声だ。
「ブレグ・マ・ダレはいないのです~か?」
 メルディン・ヲーファ。キノセの師である『界音の指揮者』だ。彼の質問は言い方こそ癇に障るが、もっともなものだろう。ゼィロスは立ち上がり説明する。
「彼も協力を約束してくれている。しかし、ホワッグマーラはなにやら窮地から脱したばかりなようでな、強要はできない」
「窮地? 評議会、ヒィズル力貸した」
 武勇轟かすブレグがいないことを、彼も疑問に思っていたのだろう、ケン・セイが言った。ヒィズルには評議会が力を貸し、早急な復興を実現した。ホワッグマーラもそうすればいいということだろう。
「異空のこと、なによりも優先」
「ホワッグマーラへの援助はまだ考えていない。セラから『夜霧』が関わっているとは聞いていないからな、その世界に起きたことはなるべくその世界で解決すべきだ」
「それ~は、渡界人らしい考えです~な。ゼィロス様」
「意見、合う。メルディン」
「珍しいこともあるもので~すね、ケン・セイさん」
 二人の男がゼィロスに視線を向けて動かさない。
「ちょっと、待ちなよ」ここで声を上げたのはルピだ。「いいじゃないかい。協力の約束は得てるんなら。だって今までは賢者のその子ともまともに会えてなかったわけだし」
「ははは、かたじけないのぉ」とゼィロスの席の隣に納まっていたカッパが申し訳なさそうに一つ目を細め、笑った。
 それに対し、カッパとはゼィロスと逆隣りのテングは三つ目を大きく見開き大笑いだ。「ははは、カッパは逃げられおったのじゃ、ははははは」
「ひゃっ……! ユ、ユフォンくん、おば、お化けですぅ~……」
 今まで緊張で視界に入っていなかったのか、今更になってヒュエリはクァイ・バルの二人を見て泣き出しそうに弟子の服の裾を掴み、寄り添った。
「ははははは、カッパよぉ、やはりお主、魔導賢者に嫌われておるわい、だはははは」
「テング、お主もじゃ」
「なぬっ、なんとな!? よかぁ、よかぁ!」
 何が楽しいのか、テングは赤い顔をさらに赤くして、手を叩いて盛り上がる。
「緑のヌメヌメ、赤い、赤い……緑のヌメヌメぇ~……」
 テングに対しては形容が思い浮かばなかったらしく、ヒュエリはユフォンの陰から「緑のヌメヌメ」と唱え続けた。
 セラは苦笑を漏らす。
 あれほど締まった空気だった部屋が、緩みに緩み切っていた。

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