碧き舞い花

御島いる

285:歴史の勉強

「なんだ?」
 ゼィロスは浮かせた身体を椅子に戻した。セラは背もたれから身体を離す。
「うん。伯父さん、世界を造った一族の末裔って知ってる?」
「世界を造った一族の末裔? 訊いたことがないな。なんだ?」
「四年前、ホワッグマーラで聞いたの。あのときは評議会が始まるってこともあったし、わたしもそこまで興味なかったから忘れてたんだけど、今回ホワッグマーラ行ったのと、古くからの一族とか古い文献とかの話してて、今思い出したの」
「興味深いな。もっと詳しく訊かせてくれ」
「うん」
 セラは頷くと、四年前に禁書の中でジェルマド・カフから訊いた話を伯父に話す。四年前の出来事ではあったが、そう長く話したわけではない。彼女はすんなりと正確に記憶を辿ることが出来た。
「なるほどな。花を散らす移動術を用い、予見者を名乗る、世界を造った一族の末裔、か」
 ゼィロスは顎を指で触りながら、セラが話したことを消化していっているようだった。そして小さく唸った。
「謎だな。調べる価値があることだ、大いにな。世界を造った存在。仮にその存在が証明されれば、異空史史上最大の発見だ。ははは、ロマンがあるな」
 ゼィロスはなにやら楽しそうな顔を見せるが、セラにはいまいちわからなかった。
「ロマン?」
「わからないのか、セラ?」ゼィロスは手で顔を覆いながら天を仰いだ。「なんてことだ、『異空の賢者』の弟子がそれでは困るな。よもや、ナパードを使いこなすことだけが『異空の賢者』だと思ってるんじゃないだろうな」
「もちろん、そんなふうには思ってないけど……。伯父さんちょっと、興奮しすぎじゃない?」
「はぁー……、いいかセラ。末裔の元を辿れば世界を造った一族なんだぞ?」
「う、うん。それは当たり前じゃ……」
 若干引き気味のセラに、ゼィロスは首を横に振りがっかりといったふうだ。
「セラ。今は軸歴何年だ?」
「え? 775年だけど」
「では775年前には何があった?」
「何? 歴史の勉強?」
「いいから。王族だろ、いやでも学んでるだろ」
「……。何って、軸歴0年は紀元なわけだから、時軸の存在が発見されたんでしょ」
「そう」ゼィロスはついに椅子から立ち上がった。「ではそれより前、紀元前の歴史はどうだ? どこまで判明してるか、分かるか?」
「紀元前? 確か、最古のいしぶみがイスカディアの遺跡にあったんだよね。それが紀元前300年くらいだったけ?」
「なんだかんだ覚えてるじゃないか。普通そんなこと覚えてるナパスの王族なんていないぞ。考古学を生業としていた者くらいじゃないか?」
「褒めてる? けなしてる?」
「ビズ以上の才を持ってると、昔から言ってるだろ?」
 セラは判然としないまま、眉を顰める。「まあ、けなしてはないのは分かるよ」
「で、紀元前300年程と言われてるイスカディアの石碑より前の記録は発見されていない。ではそれ以前に人はいなかったか?」
「そんなわけない。文字が生まれたのが紀元前300年くらいってことでしょ。人はいた。遊界ゆうかい人」
「そうだっ。いいぞ!」伯父は姪が初めて見る興奮ぶりだ。「イスカディアより古くからある世界はいくつか発見されている。今はイスカディアも含め人は住んでいないが、そのすべてに生活の跡が残る遺跡がある。そして、どれも同じ生活習慣のもとに生きていたと分かっている。点々と世界を渡り歩く、遊界人と呼ばれる民だ」
「エレ・ナパスに辿り着く前の、わたしたちの祖先でしょ。……あ! もしかして遊界人が世界を造った一族なんじゃない!」
「投げやりだな。それならナパスの民が世界を造った一族の末裔か? そんな呼ばれ方したことないだろ。文献に記述もない」
「むぅ……」
「なんだ、つまんないのか」
「そりゃ、そうだよ。わたしそんなに考古学とか興味ないもん。わたしが薬草術のこといっぱい話してあげようか?」
「……」急速に冷静さを取り戻していったのか、ゆっくりと椅子に戻ったゼィロス。「すまなかった。熱くなりすぎたな。いくら『異空の賢者』の弟子だからといっても師と同じである必要はないな。俺は俺、セラはセラだ」
 伯父の姿は、だいぶ落ち込んでいるようにセラには見えた。「あぁ、なんか、ごめん」
「いや、いいんだ。今のは俺が明らかに悪かった。気にするな」
 ゼィロスは気を取り直すかのように、膝をぱんと叩いて立ち上がった。
「さ、このあと評議もある。話はこのくらいにしよう」
「うん」
 セラは俯きながら返事をした。だがすぐに椅子から立ち上がると、部屋から出て行こうと歩き出した伯父の背に声をかけた。
「『夜霧』のこととか終わって、ゆっくり出来る様になったら、もう一度訊かせて、伯父さん」
 足を止めるゼィロス。振り返ると笑顔があった。姪へ向けるものだ。
「そうか、じゃあその時までに、世界を造った一族の存在、証明しておかないとな」
「終わってなかったら、わたしも一緒に調べものしてあげる」
「ふん、それもいいな」出口に向き直る。「第二位までの招集だ、このまま部屋に残ってるか?」
「うーん……ヒュエリさんとユフォン、わたしが連れてくるよ」
「そうか。分かっていると思うが、下にいるぞ。イソラに頼んで中に入って貰ったからな」
「うん」
 彼女も笑顔を見せ、伯父と姪は一緒に部屋を出たのだった。

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