碧き舞い花

御島いる

279:ゼィロスとセラの異空講座

「誰だよ」とフェズ。
「ゼィロス伯父さん!?」振り返るセラ。「どうして?」
 そこには『異空の賢者』ゼィロス・ウル・ファナ・レパクトが立っていた。後ろにはズィーが続いて現れた。
「イソラが、お前が行ったり来たりしてるって言ってな」
「俺が事情を話して来てもらった」ズィーだ。「賢者だし何か分かると思って」
「で、セラの伯父さん。俺が世界に愛されてるって? なんだよ、それ」
 フェズは不機嫌なまま、黄緑色の瞳を半ば睨みつける。
「話して納得してもらえるかは分からんが……。異空にはナパスの民に並び準ずる、古くから存在する一族がいるんだが、彼らの考え方に、世界そのものを意思を持つ生き物と捉える、というものがある」
 セラは真剣な眼差しで賢者の話に耳傾けていた。彼女も初めて耳にする話だったのだ。
「それが? 俺とは関係ない」
「まあ、待て。彼らはその考えのもとにあらゆる研究をした。それには俺たちの祖先も協力していた。つまりはナパードを絡めた研究も行われていたということだ。そしてある時、ナパードを持ってしても異空に出ることが出来ない、そんな世界の住人たちを発見したという。もちろん、異空間移動を邪魔するようなものも何もない。他世界の者たちは自由に行き来できていたし、住人たちも当然、異世界の存在を知っていたのだからな」
「移動を邪魔するものっていうのは、今回フェズくんがやってたようなことみたいなこと?」
 ジュメニが疑問を零した。だが、ゼィロスは今回のホワッグマーラの一件をまだ知らない。わずかに眉根を寄せた。
「?」
「そうです」伯父に変わってセラが応えた。「フェズさんのも似たような原理だと思うんですけど、世界の中には『異空ナトラネヌ』って呼ばれる異空と世界を隔てる壁みたいなものがある世界があって、それに覆われている世界では、特に世界から異空へ出られる場所が制限されるんです」
 それは彼女も経験したことのあることだ。ナトラード・リューラ・レトプンクァス。漂流地での仕組みを今の彼女はしっかりと理解していた。
「あ、今思えばフェズさんのは逆なのか……。異空からの入り口を一つに制限してたんですもんね?」
「詳しいことは知らないぞ。司書様が教えてくれた通りにやっただけだからな」
 フェズはまだ不機嫌そうにして、ぶっきらぼうに応えた。
「ほう。君は世界へ入ることを制限したのか。二代目魔導賢者がどういう原理を使ったは分からないが、ホワッグマーラは大きな世界だ。その入り口を一つにしたとなればやはり……フェズと言ったな、君はこの世界に愛されていると断言できる」
「それは分かったよ。だから、それがどうだっていうのさ」
「言ってしまえば、世界に愛された者は異空へ発つことは出来ない」
「はぁ?」
 フェズが一層不機嫌な声を上げ、ゼィロスに詰め寄る。それをブレグが間に入って止める。
「やめなさい、フェズくん。セラちゃんの伯父さんのせいではないだろ」
「分かってるさ! でも、納得できるわけないだろ!」
「世界に愛されし者は大いなる恩恵を受けるが、世界が掴んで離さない」
 ゼィロスは淡々とフェズの目を見て言った。
「こればっかりは諦めるしかない。外の世界に出たいと思う君には酷かもしれないが、本来なら喜ばしいことと捉えられることだ。さっき話した世界は別として、普通の世界で、世界に愛されるということは稀なことだ」
「……」
 さっきまでの威勢はどこへやら、唐突にフェズは静かになった。静かに、ただただ真正面を見つめながら、彼を抑えているブレグの手を柔く払った。
「フェズ?」
 ズィーが声を掛けるが、彼は何も答えない。何も答えなかったが突然、その透き通る青色の眼から、涙をあふれさせた。
「っげ!?」
 声を上げたのはズィーだけだったが、一同が驚いた。初対面のゼィロスですら。
 頬を涙で湿らせた天才はその場でしゃがみ込み、膝を抱えた。すすり泣く声も聞こえず、不気味なほどに静かだった。
「お、おい、フェズ?」
 この中で一番の友であるズィーが率先して、声を掛けるが、うんともすんとも言わない。それから何度もズィーは呼び掛けるが、反応はないまま。そうこうしているうちにゼィロスが口を開いた。
「俺は戻るが、セラは?」
 問われたセラはフェズとズィーを一瞥してから。「ここはズィーに任せる」
 ゼィロスは頷き、ブレグに向き直った。
「挨拶が遅れた。俺はゼィロス・ウル・ファナ・レパクトだ。君の名、武功は異空のあらゆるところで耳にしたことがある、ブレグ・マ・ダレ」
「それは光栄なことだ。こちらも君のことはもちろん知っている。直接会うことこそ初めてだが、そこにいるセラ、それからビズラス、俺は君の弟子には何かと縁がある」
「そうか。……その縁がもう一人にも繋がり、あいつが戻る手助けにでもなればいいが……それを望むのはお門違いだな」
「? もう一人?」
「いいや、こちらの話だ。気にしないでくれ」ゼィロスは辺りを目だけで見渡す。「今は忙しそうだが、評議会は君を歓迎する。いつでも訪ねて来てくれ」
 言って、ゼィロスは握手を求める。
「もちろん、そのつもりだ」
 ブレグが握手に応え、屈強な五十がらみの男の手ががっしりと、約束と共に結ばれた。

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