碧き舞い花
274:逆転
「たしかに、いくら液状人間の俺でも、触れた水をおいそれと操ることは出来ない。それなりの時間がいる。量が増えればなおさらだ。それにぃ、お前の言う通り、今流れてる水は毒されている。だから繋がりを切ったんだからな。お前らの策略通りになっ!」
障壁がドンっと強く叩かれた。亀裂が走る。
「最初っからっ!」
ドンッ――。
「やりっ直しだっ!」
ドドンッ――。
「っ……」
セラの額からは雨ではなく汗が滴った。亀裂は広がる。
「まあ、やり直せばいいんだ。またこのマグリアから。今度は邪魔が入らないようにうまくやるさ。そうさ、この際水に流そう。渡界人の身体が二つも手に入るんだからなぁ、あ……ああ、じゃあこの水はどこから来たんだって? そんな顔だな『碧き舞い花』ぁ」
キッと正面の水滴を睨むセラ。
「まだそんな目を向けるかっ!」
ドドドッ――。
ピキキ……。
「っぅ……」
セラは片膝をついた。
「セラっ」
ズィーが彼女を支えるように寄り添う。
「そうだ。そうやって膝まづいて大人しく聞いてろ。フハハ。増えたんじゃない。ずっとこの場にあったんだよ、水は」
「うそ、だ」とセラ。
「黙ってっ!」
ドゴンッ――!
キュイ……。
「聞いてろってっ!!」
ドドドン――!
ピシピシ……。
「言ってんだろうーがよっ!!!」
ババドドドッ――!!
バリペッゴン……!
「フハハハハハっぁーっ……降らせた雨が使い捨てではないことぐらい、分かるだろ?」
「ぁ……!」
セラは小さく声を漏らした。そして頭を垂れた。
「ブっハハハァハハッ!! そこまで考えが回らなかったみたいだな、その様子だと! グっブハハハ! なぜだ? あん? 今まで何度か戦って、水溜りから攻撃を受けていたのに? なぁぜ、気付かなかった。あーあ、毒された水に接していない水を、時間をかけて少しずつ、お前らに気付かれないように空に戻す。苦労したが、ここまで時間をかける必要はなかったみたいだなぁ~あっ!」
バンッ!
ベコッ!
強烈な水の打ち付けに、障壁のマカは至る所が歪み、そろそろ限界に近かった。それは外から見ているヌーミャルにも当然わかることで、ここぞとばかりに畳みかけてきた。それも反響する下品な笑いと共に。
セラは俯いたまま、すでに両膝をつき、片腕だけを辛うじて伸ばし壁を保っている。そんな彼女にズィーは、壁が壊れて水が降り迫った瞬間にセラだけでもを守れるようにと、彼女を覆うように抱き込んできた。
「大丈夫、だよ、ズィー」
セラは覆い被さる彼に向かって弱々しく囁く。
「は? こんな時に見栄張るなよ」
「ううん、違うの」言いながらセラは障壁のマカを自身で解いた。そして大きく息を吐いた。「はぁぁ……」
「?」
さすがに訝しんだズィーは体勢を変え、彼女の顔を正面に見た。そこにあったのは疲労の色この上ないセラの顔だったことだろう。
だが、笑顔。そして何より、まばゆい光に照らされていた。ズィーの影がわずかにかかっている。
「え、これって……」
ズィーは日の差す彼女の顔に目を瞠った。かと思うと空を見上げ、目を細め、またセラと視線を合わせる。
濁流の音だけが二人の耳に届く。雨がまさに音もなく止んでいた。
「なん――」
「なぁぜどぅぁあああああ゛あぁあああ゛ああぁぁあああ!!」
不思議がるズィーの声を掻き消し、ヌーミャルの叫びがマグリア中に聴こえんばかりに響いた。
叫び終え、ヌーミャルがセラとズィーに顔を向けた。怒りからか肩で息をするように揺れる液状人間は、太陽の光を煌々と反射し、もったいないくらいに美しい。
「さっきさ、下に落とした水を上にあげるのに、時間をかける必要なかったって、言ったよね?」
セラもヌーミャルと同じく肩で息をしながら言う。もちろん彼女の場合は疲労が要因だ。
ヌーミャルは声を発せず、ただただ揺らめきを繰り返す。セラはそんな彼を見据えつつ立ち上がろうとするが、足に力が入らずよろめいた。ズィーに寄りかかるように倒れ込み、そのまま支えてもらい、立つ。もう一度敵を見据える。
「ほんと、そうしてたら、お前はこの世界を手に入れてたかもね」
「なにぃ?」
「言っとくけど、今のはわたしたちは何もし――」
「俺がやった」
さも当然と言いたげな声が、空気を読まず遮った。その後に「ははっ」と申し訳なさそうな笑い声が続いた。
障壁がドンっと強く叩かれた。亀裂が走る。
「最初っからっ!」
ドンッ――。
「やりっ直しだっ!」
ドドンッ――。
「っ……」
セラの額からは雨ではなく汗が滴った。亀裂は広がる。
「まあ、やり直せばいいんだ。またこのマグリアから。今度は邪魔が入らないようにうまくやるさ。そうさ、この際水に流そう。渡界人の身体が二つも手に入るんだからなぁ、あ……ああ、じゃあこの水はどこから来たんだって? そんな顔だな『碧き舞い花』ぁ」
キッと正面の水滴を睨むセラ。
「まだそんな目を向けるかっ!」
ドドドッ――。
ピキキ……。
「っぅ……」
セラは片膝をついた。
「セラっ」
ズィーが彼女を支えるように寄り添う。
「そうだ。そうやって膝まづいて大人しく聞いてろ。フハハ。増えたんじゃない。ずっとこの場にあったんだよ、水は」
「うそ、だ」とセラ。
「黙ってっ!」
ドゴンッ――!
キュイ……。
「聞いてろってっ!!」
ドドドン――!
ピシピシ……。
「言ってんだろうーがよっ!!!」
ババドドドッ――!!
バリペッゴン……!
「フハハハハハっぁーっ……降らせた雨が使い捨てではないことぐらい、分かるだろ?」
「ぁ……!」
セラは小さく声を漏らした。そして頭を垂れた。
「ブっハハハァハハッ!! そこまで考えが回らなかったみたいだな、その様子だと! グっブハハハ! なぜだ? あん? 今まで何度か戦って、水溜りから攻撃を受けていたのに? なぁぜ、気付かなかった。あーあ、毒された水に接していない水を、時間をかけて少しずつ、お前らに気付かれないように空に戻す。苦労したが、ここまで時間をかける必要はなかったみたいだなぁ~あっ!」
バンッ!
ベコッ!
強烈な水の打ち付けに、障壁のマカは至る所が歪み、そろそろ限界に近かった。それは外から見ているヌーミャルにも当然わかることで、ここぞとばかりに畳みかけてきた。それも反響する下品な笑いと共に。
セラは俯いたまま、すでに両膝をつき、片腕だけを辛うじて伸ばし壁を保っている。そんな彼女にズィーは、壁が壊れて水が降り迫った瞬間にセラだけでもを守れるようにと、彼女を覆うように抱き込んできた。
「大丈夫、だよ、ズィー」
セラは覆い被さる彼に向かって弱々しく囁く。
「は? こんな時に見栄張るなよ」
「ううん、違うの」言いながらセラは障壁のマカを自身で解いた。そして大きく息を吐いた。「はぁぁ……」
「?」
さすがに訝しんだズィーは体勢を変え、彼女の顔を正面に見た。そこにあったのは疲労の色この上ないセラの顔だったことだろう。
だが、笑顔。そして何より、まばゆい光に照らされていた。ズィーの影がわずかにかかっている。
「え、これって……」
ズィーは日の差す彼女の顔に目を瞠った。かと思うと空を見上げ、目を細め、またセラと視線を合わせる。
濁流の音だけが二人の耳に届く。雨がまさに音もなく止んでいた。
「なん――」
「なぁぜどぅぁあああああ゛あぁあああ゛ああぁぁあああ!!」
不思議がるズィーの声を掻き消し、ヌーミャルの叫びがマグリア中に聴こえんばかりに響いた。
叫び終え、ヌーミャルがセラとズィーに顔を向けた。怒りからか肩で息をするように揺れる液状人間は、太陽の光を煌々と反射し、もったいないくらいに美しい。
「さっきさ、下に落とした水を上にあげるのに、時間をかける必要なかったって、言ったよね?」
セラもヌーミャルと同じく肩で息をしながら言う。もちろん彼女の場合は疲労が要因だ。
ヌーミャルは声を発せず、ただただ揺らめきを繰り返す。セラはそんな彼を見据えつつ立ち上がろうとするが、足に力が入らずよろめいた。ズィーに寄りかかるように倒れ込み、そのまま支えてもらい、立つ。もう一度敵を見据える。
「ほんと、そうしてたら、お前はこの世界を手に入れてたかもね」
「なにぃ?」
「言っとくけど、今のはわたしたちは何もし――」
「俺がやった」
さも当然と言いたげな声が、空気を読まず遮った。その後に「ははっ」と申し訳なさそうな笑い声が続いた。
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