碧き舞い花

御島いる

272:剣との繋がり

「セラちゃん! セラちゃん!」
 泣き声交じりに呼ばれ、セラは目を開ける。映るのは小さなヒュエリの、ぐじゅぐじゃな顔だった。
「ヒュエリさん……」
「あぁ、セラちゃん、ぅぅ、よかったですぅ~……」
 ヒュエリが寝姿勢のセラに抱き付く。すると、セラの顔には黒さが弱まった雨空から、細かな雫が鬱陶しいくらいに落ちてきた。彼女を覗き込むヒュエリがいい具合に雨よけになっていたようだ。
「ヒュエリさん」セラは司書を身体から離し、尋ねる。「どうなってますか?」
 尋ねておきながらも、眠りから覚めた彼女の感覚が戦いの様子を捉えた。そう遠くはないところでズィーが戦っている。相手はもちろん、ヌーミャルだ。
「わたし、行きますね。ありがとうございました、ヒュエリさん」
 涙を収め、今から状況を説明しようとしたヒュエリに、セラはお礼だけ言って立ち上がる。背に手を伸ばし、ここでその背に愛剣がないことを知る。
「セラちゃんが流れ着いていた近くに剣は一緒にありませんでした……」
 もしものためにと納めていなかったのがあだとなった。まずはオーウィンを探さなければ。
「大丈夫です」
 言ってセラは目を閉じる。ヒュエリが後ろで不思議そうに首を傾げていたが、説明している暇はない。ズィーが苦戦していた。雨が止んでいないことでヌーミャルが優位に立っているようだ。
 自ら作り出した暗闇の中、彼女は兄の顔を思い浮かべた。『輝ける影』ビズラス・ヴィザ・ジルェアス。その背にあるは愛剣オーウィン。
 ふと、閃き。
 それを機にセラフィはサファイアを露わにする。
「それじゃあ、行ってきます」
「ぇ、あ、はい……」
 戸惑う司書を残し、碧き花は舞う。


 意思を持つ剣であれば、主の呼びかけに答える。
 ビュソノータスでの別れ際にエァンダがタェシェを呼ぶと言ったのはこのことだったと、経験を積んだ彼女は知った。悪魔の拘束が弱まり、彼が愛剣を呼んだ時。それが救出の合図となりうるのだ。しかしあれから今まで、カラスはその素振りを見せずに、サパルの背でだんまりを決め込んでいる。
 そんなことを考えながら、セラは瓦礫に引っかかり半身を水に沈めたオーウィンを掴み上げる。
 オーウィンは意思を持つ剣ではない。
 それでもセラは兄を思い浮かべることでオーウィンの居所を探ることが出来た。感受性や想いの強さによってはそういうことがあり得る。『鋼鉄の森』でセラがそう教えられ、会得した技術だった。
 刀身に滴る水を払い、セラはある一点に強い視線を向けた。『紅蓮騎士』と液状人間の戦う場所。魔導書館にある長い屋根の上あたり。
 感覚を集中させ、頃合いを見計らい彼女は跳んだ。


 ちょうどズィーがヌーミャルの体勢を崩した瞬間。その背後に現れたセラは真一文字に剣を振り抜いた。
 それは見事な一撃で、敵の身体は真っ二つとなった。
 しかしセラは顔を歪める。
 手応えがあまりに軽かった。何も斬っていないかのように。
「セラ! こいつ剣は駄目だ!」
 敵の向こうからズィーが叫ぶ。その姿が上下から徐々に、水の中に入ったかのようにぼやけていく。
 そう、敵は液状人間。
 ドルンシャ帝の身体から抜け出したヌーミャルは形こそ人だったが、水の塊として存在していたのだ。ホーンノーレンで一度見たものの安定した形だろう。
 今も斬られたそばから身体が元に戻っていったのだ。
 完全に再生した敵から、セラは距離を取る。
「そういうことだ」ヌーミャルだ。「結局お前らに勝ち目はないんだよ」
 セラは流動する敵を睨みつける。
「斬れないだけでしょ? 勝ち目がないわけじゃない」
「……確かにな。『紅蓮騎士』のこの世界のものとは違う力は俺にも有効のようだ」
 自らの弱みを明かすにしてはいささか大きな態度。液状人間故に表情が揺らめき分かりずらいが、笑っているようにも見える。
「だがどうだ? フフ、俺はぬるぬるしてるぞ。雨の降るこの場で、俺が? フハッ、負けると思うか?」
 風が吹く。
 あまりの弱さに濡れて重くなったセラの白銀は揺れない。代わりに揺れた小さな雨粒たちが奏でる雨音は嘲笑うかのよう。
「わたしたちが勝つ!」
 嘲笑を退ける凛とした声が放たれた。

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