碧き舞い花

御島いる

264:意思を持つ刀剣

『ドード、後ろじゃいっ』
『セラさん、ズィプさんを』
『しゃがめ、ズィプぅっ!』
『アナタ、セラさんがっ!』
『任せいっ!』
「ハルさん、ドードの後ろから水が来る」
 セラが頭の中で言うと、ドードの後方から波のように水がせり上がった。すると、ドード本人ではなく春一番が彼の腕を引き、身体を回転さて自身を振るわせた。刀からは目に見えぬ斬撃が放たれ、波を真一文字に割った。
 そう。
 番刀は意思を持つ刀剣の一種なのだ。
 三人の感覚や行動では対処できないところを春一番と木枯らしが補う。そういう意味で五人で戦っているということだ。
 意思を持つ剣というものは、異空を巡る刀剣に携わる者にしてみれば珍しいものではなく、セラもこの時までに何本もそういったものを目にしている。所有者の魂を糧に自身を鍛える『死霊の剣』と剣響で戦ったこともあるし、ビュソノータスで握ったときにその刀身の長さを変えて彼女に合わせた、兄弟子エァンダの愛剣タェシェもその一つだったと今の彼女は知っている。
 普段、意思を持つ剣というものは手にしている者のみに意思疎通を行うのだが、今回は春一番と木枯らしが奮起し、渡界人二人にも意思を伝えている。
「身体捻り過ぎっす! カカ!」
 割れる水を背に、ドードは春一番に文句を垂れた。
『そんなこと言っている場合じゃありませんよ、ドード! ほら、ズィプさんを!』
「う、うっす! あぁっ!」
 母に応えた子であったが、足下の水に足を滑らせた。その間にズィーが水に包まれる。
「ズィー!」
「大丈夫っ!」
 水が弾け飛んだ。竜化ではない。外在力、纏った空気を力強く解放したようだ。
「これもいけるな」などと一人頷くズィー。その背後にもう一陣の波が迫った。
『後ろじゃい!』木枯らしが叫んだ。
「ま、でもいちいち外在力解くのも面倒臭ぇ……」彼は逆鱗花の葉を取り出す。「やっぱこっちの方が手っ取り早ぇな」
 カリッ!
 ズィーの齧る音と共に波がせり立ったまま動きを止めた。まるで条件反射だ。そしてそれは液状人間がそれほどに『竜毒』を警戒しているということ。
 作戦は上手くいきそうだ。セラはそう思った。もうじきか、とも。
「さ、まだまだいくぜぇ!!」
 竜化の興奮によりここまでの疲労も吹き飛んだようだ。竜の眼を宿し、ズィーが吠える。それを聞いたドードと木枯らしも雄叫びを上げた。
 春一番は『あらあら』と微笑んだ。
 セラも彼らの士気に便乗しようと、少量の『竜宿し』を追加で摂取し、体の疲労をわずかに忘れさせる。変態術をもつ彼女にとってはいい具合の精力剤だった。
「いやここまでだ」
 そんなセラたちの出端を挫くように、周囲の魔闘士が一斉に喋り出した。液状人間だ。
「なんだ? ずっと黙ってたと思ったら、いきなり」とズィー。「ドルンシャ帝のお出ましか?」
「俺たち三人なら、あの帝さんでも勝てるっすよ!」
 勝気に挑発する男二人。
「ふん、俺が出ていくまでもない」
 多くの人の声が混じり合った声は不気味な印象を与える。
「そもそも、この世界が俺だ」
 魔闘士たちが不敵に笑い出した。
 それからわずかの間、噴水広場には重なり合った笑い声がする時間が流れた。魔闘士たちは笑うだけで何もしてこなかった。
「は? で?」ズィーが首を傾げた。
 セラとドード、それから春一番と木枯らしも訝しむ。
「はっ! 何だか知らねえが、来ねえなら行く!」
 ズィーが帝居側へと駆けだした。続いてドードも。
「ズィー、ドード、待っ、まだ!……もうっ!」
 セラは彼らを止めようとしたが、止まる気配がない。仕方なく追う。
 今さっきもうじきだと感じたばかりだ。まだドルンシャ帝を目指すには早い。士気が高まり過ぎるのも困りものだった。
『セラさん、大丈夫なんですか? 話では液状人間を攻め込むのは――』
「分かってます……」春一番からの声に間髪入れずに応えるセラ。もちろん心の中で語り掛けている。「仕方ありません。別れるわけにはいかないので。それに少しくらいなら攻め込んでも作戦に支障はないはずです」

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