碧き舞い花
255:井戸での戦い
「ラスドール!」
ズィーをクラスタスのもとへ送り届けたセラは、すぐにラスドールの戦う井戸へと跳んだ。デェルブ・ホーン・ノーレンの像がある、彼女がユフォンに連れられてやってきた井戸だ。
東屋を守るように、呼吸の荒いラスドールが一人、泥だらけ。
対峙するのは彼の同僚、ノルウェインを筆頭とする魔闘士の集団だった。友とは相反して彼はきれいなままだ。
「セラか! すまねえ、助太刀頼む!……ノルが敵に乗っ取られた……! 俺だけでノルを止めるのは無理だ! 実力的にも、感情的にも……! 他の奴らならどうってことねえのにっ」
言いながら、襲い掛かってきた魔闘士を魔素を纏わせ剣にした棍棒で斬り捨てた。浅い斬撃ではあったが的確に動きを止める一撃だった。
「言われなくても!」
セラは集団の背後、オーウィンを構える。厚く魔素を纏わせる。
「姿が見えなかったからこの世界のことは放り出したのかと思ったが?」集団の最後尾、一人振り返るノルウェイン。「『碧き舞い花』」
「ありえない。出てくのはお前の方だ!」
セラはお得意のナパードで振り向いた敵の背後を取った。集団とノルウェインに挟まれる形になるが、背後を有象無象の魔闘士に狙われるような彼女ではない。しっかりと後方にも感覚を向けている。
「駄目だセラ!」
そんな背後からラスドールが叫ぶが、すでにセラはフクロウを振るっている。彼女の超感覚も気読術も、目の前の相手が何かをしてくる様子を捉えていなかったのだから当然だ。セラからしてみれば、何が駄目なのか見当もつかない。決まったとすら思ったほどだ。
剣が何もない中空で受け止められるまでは。
「っ!」
――気魂法!?
まるで気魂法で受け止められているような、押しても押し返される感触に彼女は一瞬そう思わされた。だが、しっかり魔素を感じる。
彼女の知るそれとは様子が違うが、目に見えぬ壁を作るマカ。障壁のマカだ。
「この世界の力はなかなかいいものだ。水以外も操れる」
セラの剣を壁に受け止めさせたまま、再度彼女に振り返るノルウェインの顔は涼しげだ。
「確かに……でも、マカだって万能じゃない」
一度オーウィンを引き、セラは「はぁっ!」と掛け声とともに斬り掛かった。正真正銘、気魂法だ。
魔導・闘技トーナメントで観客を守る役割を担っていた障壁のマカは、多くの魔闘士が力を合わせて作り、フェズルシィとドルンシャ帝の壮絶な戦いでもなんとか壊れなかった。
あれほど大規模なものならば話は別だが、たった一人の人間が作り出す壁ならば気魂法で押し消せる。マカと気魂法の両者を知る者なら誰もが考え至ることだ。
しかし……。
彼女からの風圧でノルウェインの髪が揺れ、障壁を破り、今まさに見事な一撃が肩口に迫ったその時。剣はそこで止まったのだ。
「……くっ!」
思わず息を漏らすセラ。先程とは違う、岩を打ったような硬い感触に手が痺れた。
掻き消した障壁の先に別の障壁が瞬時に現れたのだ。
「俺も入り込むのに苦労したんだ、こいつの壁にはな」
にたりと笑う目の前の液状人間。だがその声は前からではなく左右から二つ同時に発せられていた。二人の魔闘士がセラに跳び掛かってきている。
「不意打ちの時に声を出すなんて、馬鹿じゃないの?」
背後を取ることを得意とする彼女は敵を嘲る。だがその侮りが注意を散漫にした。後方の集団にも気を巡らせながら、身を退こうとしたその時、セラは何かに足を取られたのだ。
――どうか水に気を付けて!!
ヒュエリの言葉が蘇る。
彼女は後方へ倒れる最中、自らの足首に縄状の水が巻き付いているのを認めた。
水溜りだらけの戦場で、その全ての水に意識を向けられるほど甘い戦況ではなかったことも災いしたのだろう。全くの意識の外からの攻撃だった。
「『碧き舞い花』、貰った!!」
跳び掛かってきていた二人の魔闘士の身体から水が溢れ出た。彼女の身体に浸透し、手中に収めようというのだ。
「セラ!」
ラスドールの声が聴こえるが、彼がセラを助けられる位置まで来れそうにはないたことを彼女の感覚は捉えている。
とはいえ、彼女がこれくらいのことで諦めることはなく。ましてや他者の助けを必要には思っていなかった。
背が地につく間際、花が散る。
次に花が舞ったのは東屋の中、像の足下だ。
「ぃっ……」
像の足下、もとい東屋の中は土ではなく磨かれた正方形の石が敷かれていたため、状態を保って跳ぶナパードの特性により、彼女は倒れた勢いのまま背中を打った。
汚れてもいいから泥のところに落ちるべきだったかもと、背中を擦りながら起き上るセラだった。
ズィーをクラスタスのもとへ送り届けたセラは、すぐにラスドールの戦う井戸へと跳んだ。デェルブ・ホーン・ノーレンの像がある、彼女がユフォンに連れられてやってきた井戸だ。
東屋を守るように、呼吸の荒いラスドールが一人、泥だらけ。
対峙するのは彼の同僚、ノルウェインを筆頭とする魔闘士の集団だった。友とは相反して彼はきれいなままだ。
「セラか! すまねえ、助太刀頼む!……ノルが敵に乗っ取られた……! 俺だけでノルを止めるのは無理だ! 実力的にも、感情的にも……! 他の奴らならどうってことねえのにっ」
言いながら、襲い掛かってきた魔闘士を魔素を纏わせ剣にした棍棒で斬り捨てた。浅い斬撃ではあったが的確に動きを止める一撃だった。
「言われなくても!」
セラは集団の背後、オーウィンを構える。厚く魔素を纏わせる。
「姿が見えなかったからこの世界のことは放り出したのかと思ったが?」集団の最後尾、一人振り返るノルウェイン。「『碧き舞い花』」
「ありえない。出てくのはお前の方だ!」
セラはお得意のナパードで振り向いた敵の背後を取った。集団とノルウェインに挟まれる形になるが、背後を有象無象の魔闘士に狙われるような彼女ではない。しっかりと後方にも感覚を向けている。
「駄目だセラ!」
そんな背後からラスドールが叫ぶが、すでにセラはフクロウを振るっている。彼女の超感覚も気読術も、目の前の相手が何かをしてくる様子を捉えていなかったのだから当然だ。セラからしてみれば、何が駄目なのか見当もつかない。決まったとすら思ったほどだ。
剣が何もない中空で受け止められるまでは。
「っ!」
――気魂法!?
まるで気魂法で受け止められているような、押しても押し返される感触に彼女は一瞬そう思わされた。だが、しっかり魔素を感じる。
彼女の知るそれとは様子が違うが、目に見えぬ壁を作るマカ。障壁のマカだ。
「この世界の力はなかなかいいものだ。水以外も操れる」
セラの剣を壁に受け止めさせたまま、再度彼女に振り返るノルウェインの顔は涼しげだ。
「確かに……でも、マカだって万能じゃない」
一度オーウィンを引き、セラは「はぁっ!」と掛け声とともに斬り掛かった。正真正銘、気魂法だ。
魔導・闘技トーナメントで観客を守る役割を担っていた障壁のマカは、多くの魔闘士が力を合わせて作り、フェズルシィとドルンシャ帝の壮絶な戦いでもなんとか壊れなかった。
あれほど大規模なものならば話は別だが、たった一人の人間が作り出す壁ならば気魂法で押し消せる。マカと気魂法の両者を知る者なら誰もが考え至ることだ。
しかし……。
彼女からの風圧でノルウェインの髪が揺れ、障壁を破り、今まさに見事な一撃が肩口に迫ったその時。剣はそこで止まったのだ。
「……くっ!」
思わず息を漏らすセラ。先程とは違う、岩を打ったような硬い感触に手が痺れた。
掻き消した障壁の先に別の障壁が瞬時に現れたのだ。
「俺も入り込むのに苦労したんだ、こいつの壁にはな」
にたりと笑う目の前の液状人間。だがその声は前からではなく左右から二つ同時に発せられていた。二人の魔闘士がセラに跳び掛かってきている。
「不意打ちの時に声を出すなんて、馬鹿じゃないの?」
背後を取ることを得意とする彼女は敵を嘲る。だがその侮りが注意を散漫にした。後方の集団にも気を巡らせながら、身を退こうとしたその時、セラは何かに足を取られたのだ。
――どうか水に気を付けて!!
ヒュエリの言葉が蘇る。
彼女は後方へ倒れる最中、自らの足首に縄状の水が巻き付いているのを認めた。
水溜りだらけの戦場で、その全ての水に意識を向けられるほど甘い戦況ではなかったことも災いしたのだろう。全くの意識の外からの攻撃だった。
「『碧き舞い花』、貰った!!」
跳び掛かってきていた二人の魔闘士の身体から水が溢れ出た。彼女の身体に浸透し、手中に収めようというのだ。
「セラ!」
ラスドールの声が聴こえるが、彼がセラを助けられる位置まで来れそうにはないたことを彼女の感覚は捉えている。
とはいえ、彼女がこれくらいのことで諦めることはなく。ましてや他者の助けを必要には思っていなかった。
背が地につく間際、花が散る。
次に花が舞ったのは東屋の中、像の足下だ。
「ぃっ……」
像の足下、もとい東屋の中は土ではなく磨かれた正方形の石が敷かれていたため、状態を保って跳ぶナパードの特性により、彼女は倒れた勢いのまま背中を打った。
汚れてもいいから泥のところに落ちるべきだったかもと、背中を擦りながら起き上るセラだった。
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