碧き舞い花
254:泥だらけの戦場
「それでヒュエリさん、何が? 一大事って」
床の傷を巡り口論をするズィーとデラバンを余所に、セラは真剣に幽体ヒュエリに訊く。
「そうなんです、一大事!……ホーンノーレンに雨が降って! 水溜りから敵が攻めてきました!!」
幽体の言葉に口論をうち止め反応するズィー「なにっ!」
「今まさに、戦闘中で……押されています……」
「くそっ! 薬がまだなのに! どうする、セラ!」
「行くよ、もちろん。とにかくホーンノーレンを守らないと! 作戦はその後」ズィーにそう言うと、デラバンに向き直る。「デラバンさん、色々とありがとうございました! また今度ちゃんとお礼を言いに来――」
セラは言葉を言い切る直前で跳んだ。というよりも、「またな」と簡潔にデラバンに挨拶したズィーのナパードによって跳ばされたのだった。
「ちょっとズィー、まだ話してた途――ごめん、無理やりにでも跳んでくれてありがと」
一言文句を言おうとしたがすぐさまオーウィンを抜く。
セラはホーンノーレンの現状に、のろのろとしている場合ではなかったのだと思い知らされた。
ズィーが跳んだのは帝居の前庭だったにも関わらず、すでに戦場だった。すでに中心地まで敵に攻め込まれている。ヒュエリは押されていると言ったが、これは敗戦の際だ。彼女としてはこの現状を認めたくなかったのだろう。
前回はジュメニとクラスタスの二名だけだったが、今回はいきなり跳ね上がり、大軍。ホーンノーレンにいた戦える者たちを遥かに凌ぐ数で攻めてきた。
それを成したのは足元のぬかるみ、水溜りの仕業。今もなお水溜りからは液状人間に操られている人々が出てきている。雨はすでに降っていなかったが、踏み荒らされた地面に渇きはなく、空気までもが湿り気を帯びていた。
薄群青に包まれていなければホーンノーレンだとは信じられない光景にセラが目を向けていると、誰とも知れぬ男が水を纏った拳を彼女に振るってきた。
オーウィンに魔素を分厚く纏わせ、拳を躱すと腹を打った。一撃で男は気絶し、泥を跳ね上げて伏した。
「まだ水溜りから出てきてっぞ!」とすぐそばでズィーも一人倒していた。もちろん、抜刀せずに拳を使って。「キリがねぇうえに、顔知ってねえと、誰が敵かわかんないな、これじゃ」
「ズィーがそれで悩むの?」衝撃波のマカを放ち、言うセラ。
ズィーは敵を蹴り飛ばし、首を傾げる。「は?」
「襲ってくる人を気絶させればいいだけ」
言い切って、セラは襲ってきた二人の魔闘士を華麗に捌いた。
「ああ。俺としたことが、簡単なことを……」
ズィーには大柄の男が、岩の鎧を纏い突進してきた。
湿った風が吹く。
「納得っ!」
空気を纏った『紅蓮騎士』の一撃は岩を砕き、男を吹き飛ばしたのだった。
「二人とも! わたしは実体とユフォンくんと一緒に戦えない人たちや負傷者を安全な場所へ移動させます。どうか水に気を付けて!!」
二人に少しばかり遅れてホワッグマーラに戻って来た幽体ヒュエリはそう言い残し、姿を消した。超感覚でも捉えらえないところを見ると、遠くへ瞬間移動したらしい。
ついでにヒュエリの動向を追ったが、実際には戦場を把握しようと感覚を研ぎ澄ませたセラ。
やはり水溜りが問題だった。
終わりなく敵を送り出すだけでなく、液状人間に支配された水はそれだけで武器となり得て、かつホーンノーレン側の戦士を浸透操作するための足掛かりとなっていた。ヒュエリが水に気を付けてといったのはこのことだろう。
敗戦の色は濃い。
戦況を知ったセラの頭には退却の文字が過った。セラとズィーが加勢したとしても、敵を退かせることは出来ない。
もうじき彼女の作戦を実行できる。確実に成功するとは言えないが、それを待つ方が得策。ヒュエリの言う安全な場所がどこだかは知らないが、その場所に全員で逃げ込むことが最善手。
だがヤーデン、ジュメニ、それからマグリアの禁書から駆け付けたドード、そして彼女が名前も知らない戦士たちは諦めている様子はない。最後の最後までホワッグマーラに残された最後の都市を守ろうとしていた。
だから彼女も諦めない。戦況を読む分別ができようとも、ホワッグマーラを想う気持ち、そもそもの負けず嫌いな性格は彼女の思考を感情で上塗りする。
それこそが『碧き舞い花』だ。
「止まってなんていられない」
力強く呟いた。
「あ!」
その時、誰もが奮い立ち戦っている中で際立って押されている二人がセラの気に止まった。
「どうした、セラ」
「ズィー。クラスタスさんも戦ってる、けど、危ない。頼める?」
「もちろん。どこだ?」
「連れてく。わたしはその後ラスドールのところに行く」
「分かった」
泥だらけの戦場。ノーレンブルーの都に碧き花が舞う。
床の傷を巡り口論をするズィーとデラバンを余所に、セラは真剣に幽体ヒュエリに訊く。
「そうなんです、一大事!……ホーンノーレンに雨が降って! 水溜りから敵が攻めてきました!!」
幽体の言葉に口論をうち止め反応するズィー「なにっ!」
「今まさに、戦闘中で……押されています……」
「くそっ! 薬がまだなのに! どうする、セラ!」
「行くよ、もちろん。とにかくホーンノーレンを守らないと! 作戦はその後」ズィーにそう言うと、デラバンに向き直る。「デラバンさん、色々とありがとうございました! また今度ちゃんとお礼を言いに来――」
セラは言葉を言い切る直前で跳んだ。というよりも、「またな」と簡潔にデラバンに挨拶したズィーのナパードによって跳ばされたのだった。
「ちょっとズィー、まだ話してた途――ごめん、無理やりにでも跳んでくれてありがと」
一言文句を言おうとしたがすぐさまオーウィンを抜く。
セラはホーンノーレンの現状に、のろのろとしている場合ではなかったのだと思い知らされた。
ズィーが跳んだのは帝居の前庭だったにも関わらず、すでに戦場だった。すでに中心地まで敵に攻め込まれている。ヒュエリは押されていると言ったが、これは敗戦の際だ。彼女としてはこの現状を認めたくなかったのだろう。
前回はジュメニとクラスタスの二名だけだったが、今回はいきなり跳ね上がり、大軍。ホーンノーレンにいた戦える者たちを遥かに凌ぐ数で攻めてきた。
それを成したのは足元のぬかるみ、水溜りの仕業。今もなお水溜りからは液状人間に操られている人々が出てきている。雨はすでに降っていなかったが、踏み荒らされた地面に渇きはなく、空気までもが湿り気を帯びていた。
薄群青に包まれていなければホーンノーレンだとは信じられない光景にセラが目を向けていると、誰とも知れぬ男が水を纏った拳を彼女に振るってきた。
オーウィンに魔素を分厚く纏わせ、拳を躱すと腹を打った。一撃で男は気絶し、泥を跳ね上げて伏した。
「まだ水溜りから出てきてっぞ!」とすぐそばでズィーも一人倒していた。もちろん、抜刀せずに拳を使って。「キリがねぇうえに、顔知ってねえと、誰が敵かわかんないな、これじゃ」
「ズィーがそれで悩むの?」衝撃波のマカを放ち、言うセラ。
ズィーは敵を蹴り飛ばし、首を傾げる。「は?」
「襲ってくる人を気絶させればいいだけ」
言い切って、セラは襲ってきた二人の魔闘士を華麗に捌いた。
「ああ。俺としたことが、簡単なことを……」
ズィーには大柄の男が、岩の鎧を纏い突進してきた。
湿った風が吹く。
「納得っ!」
空気を纏った『紅蓮騎士』の一撃は岩を砕き、男を吹き飛ばしたのだった。
「二人とも! わたしは実体とユフォンくんと一緒に戦えない人たちや負傷者を安全な場所へ移動させます。どうか水に気を付けて!!」
二人に少しばかり遅れてホワッグマーラに戻って来た幽体ヒュエリはそう言い残し、姿を消した。超感覚でも捉えらえないところを見ると、遠くへ瞬間移動したらしい。
ついでにヒュエリの動向を追ったが、実際には戦場を把握しようと感覚を研ぎ澄ませたセラ。
やはり水溜りが問題だった。
終わりなく敵を送り出すだけでなく、液状人間に支配された水はそれだけで武器となり得て、かつホーンノーレン側の戦士を浸透操作するための足掛かりとなっていた。ヒュエリが水に気を付けてといったのはこのことだろう。
敗戦の色は濃い。
戦況を知ったセラの頭には退却の文字が過った。セラとズィーが加勢したとしても、敵を退かせることは出来ない。
もうじき彼女の作戦を実行できる。確実に成功するとは言えないが、それを待つ方が得策。ヒュエリの言う安全な場所がどこだかは知らないが、その場所に全員で逃げ込むことが最善手。
だがヤーデン、ジュメニ、それからマグリアの禁書から駆け付けたドード、そして彼女が名前も知らない戦士たちは諦めている様子はない。最後の最後までホワッグマーラに残された最後の都市を守ろうとしていた。
だから彼女も諦めない。戦況を読む分別ができようとも、ホワッグマーラを想う気持ち、そもそもの負けず嫌いな性格は彼女の思考を感情で上塗りする。
それこそが『碧き舞い花』だ。
「止まってなんていられない」
力強く呟いた。
「あ!」
その時、誰もが奮い立ち戦っている中で際立って押されている二人がセラの気に止まった。
「どうした、セラ」
「ズィー。クラスタスさんも戦ってる、けど、危ない。頼める?」
「もちろん。どこだ?」
「連れてく。わたしはその後ラスドールのところに行く」
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