碧き舞い花

御島いる

251:逆鱗花

「どこまで採っていいんですか?」
 セラは優しく葉が成す球に手を触れながら、管理者に訊いた。
 ズィーは関係なく、「俺はデラバンに手持ち五枚までって言われてるからな」と三枚、葉をめくり採った。
「研究目的なら三株くらい、根っこまで丸ごと持ってってもいいよ」
 やはり軽く言うウィスカ。仮にセラが『竜宿し』を作る方法を知っていたら大問題であろうというのに、彼女が問題視していたのは別のことだった。
「抜いても半年ぐらい枯れないから、忙しいセラちゃんでも大丈夫でしょ」
「いいんですか、ウィスカさん。もしわたしが別の場所で種を埋めて増やしたりしたらとか、考えなくても」
「問題なしっ!」細い親指を立てる緑髪の竜人。「だって、逆鱗花はここじゃないと育たないから。まあ、異空中探せばどこかにはあるかもしれないけど、今でもここ以外の『竜宿し』なんて聞いたことないから、平気平気。……そもそも、セラちゃんは悪いことに使わないでしょ?」
「……」呆気にとられながらもセラは返事をする。「はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
 茎の根元を掴み、抜きにかかるセラ。しかし、びくともしなかった。幾度か挑戦する。その内に握る力も強まったが、茎が折れるような気配もない。
「何やってんだよ」
 ズィーが彼女に代わり、手軽に抜こうとして見せたがやはり駄目。灼魂でも使ったのではないかと思う程に顔を真っ赤にしたが、一向に抜けなかった。
 そんな渡界人二人の姿を竜人と半竜人は微笑ましく楽しんでいた。セラはそんな二人の様子に気付き、問う。
「もしかして、竜人の力じゃないと抜けないんですか?」
「う~ん、さすがのセラちゃんでも分からないかぁ」ウィスカは妹に目配せした。「シァン、見せてあげて」
「もちろんっ!」
 得意気に笑みを浮かべ、尖った歯を覗かせるシァン。
「見てて」
 そっと葉の球に手を伸ばし、上の方から葉を少しずつめくっていく。球の半分程めくると中に、浮き上がる血管のように赤い網状の筋を持った濃紫色の花が見えた。これが逆鱗花だ。
 花だと分かるのはその筋と色があるから。それ以外はまったく葉っぱと同じ形だった。それが球を成す葉っぱとは逆向きに一枚だけついている。
「逆鱗花? 初めて見たけど、花って感じじゃねえね」
 ズィーが呟くのを余所に、シァンはその一枚を摘み取った。カリッと硬質な音がした。
「これで抜けます!」
 言って軽々と茎を引くシァン。あれほどにセラとズィーが苦労していたのが演技だったのではと思わざるを得ないほどあっさりと、根こそぎきれいに抜けた。
「はい、セラ」
 抜いた逆鱗花をセラに手渡すシァン。セラはそれを受け取り、しまうと今度は自分で別のものを抜きにかかった。
「なんでこれで抜けるかは分かってないんだけど、昔からこの方法で抜いてきたんだよ」セラの後ろでウィスカが説明する。「あ、摘んだ花は地面に埋めて。そうすると、次の逆鱗花が育つから」
 シァンと同じようにして一本抜いたセラは、言われた通り花を地面に埋めた。隣ではシァンが先ほどの花を埋めていた。そして、ズィーも逆鱗花を抜いた。
 摘まんだ花を眺めるズィー。
「なあ、ウィスカさん。これ食べたらどうなんだ?」
 竜化する彼にとっては一番興味を引かれるところだろう。しかし薬草術を心得るセラにとっては既知の事実だった。ウィスカの代わりに応える。
「逆鱗花の花には毒はないよ、ズィー。栄養価は高いけど」
「そうそう。さすがセラちゃん。この区画のは採ってないけど、別の場所では食用の逆鱗花を育ててるんだぁ。シァンが乗ってきたピャギーも逆鱗花食べてるから、あんなに大きくなるんだよ」
「へぇ~」
 ズィーは少しつまらなそうにして、花を土に埋めた。
「葉っぱより強くなれる、なんて考えてたんでしょ?」
「べ、別に? そんなこと……。あの鳥の名前が出てきたから、ちょっとな」
「へぇ~」
「なんだよ」
「別にっ」
「……」
「あ、そうだ!」二人の雰囲気をぶち壊す大声を上げたのはシァンだ。「セラの用も終わったことだし、これから逆鱗花食べに行こうよ! 美味しいお店、知ってるんだあたしっ」
「シァン? 二人は観光できてるんじゃないんだよ? そういうのはまたにしないと」
「えー……もっと話したかったのにぃ」
「ちょっとくらい、いいじゃね? 薬もまだできないだろうし、ヒュエリさんも来なそうだし」
「うーん、ヒュエリさんの方は分からないけど、薬の方は確かにまだ時間かかるかな」
 渡界人二人は半竜人娘に笑みを向けた。その二人の笑顔を足したとしても到底及ばないほどの破顔を見せるシァンだった。

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