碧き舞い花

御島いる

233:碧き希望

 帝居への帰り道。
「そういえば、ニオザさんも?」
 セラは上書き前の約束をする少し前に知り合い、ユフォンの親友となったコロシアムの魔闘士の名を上げた。彼も液状人間の手の中なのか。
「うん。ニオザも液状人間に操られてる」
 すでにセラが提案した浸透操作は皆の知ることとなっている。だから彼は寄生という言葉ではなく操るという言葉を使ったのだ。
「……そっか」
「でも、僕だけじゃない。ここにいる多くの人が知り合いを奪われてる。だから、一人だけ落ち込んでるわけにはいかないんだ」
 彼はセラに笑みを向けた。
「それに、君が来た。解決策をいきなり見つけてくれて、一気に進展した。薬をつくるのに時間がかかるって言っても、この四年の時間に比べたらどうってことないさ、ははっ」
「ぁ……」
 セラは言葉に詰まる。甘い考えを持っていた自分を申し訳なく思う。ユフォンをはじめとしたホワッグマーラの人々にとっては長い時間が積み重なっていることを改めて知る。
 状況を知って数日しか経っていない彼女も、懸命に考えて薬という答えを出した。しかしそこに彼らほどの期待を抱いているのかと問われれば、安易に案を口にしてしまった自分を責めたくなる。
「どうしたんだい?」
「……思ったより、行き詰ってるの。ごめんね」
「なんでセラが謝るんだい?」
「だって……」今にも涙が出てきそうになるセラ。「期待させるだけさせて、何も出来なかったら、わたし、みんなに悪い……」
「セラが悪いって思うなら、僕やヒュエリさんはどうすればいいの?」筆師は優しく笑う。「ヒュエリさん泣き喚いちゃうよ?」
「でも、わたしは異界人だし……」
「誰か文句言った?」
「ラスドール……」
「……ははっ、確かに言ってたね、よそ者って。でも、結局は君を認めたじゃないか」
「口には出さないだけで、他にも思ってる人いるかも」
「いないよ。いない」
 ユフォンは歩みを止め、セラの腕を引いて向き合わせる。その目はしっかりとサファイアを見つめる。
「セラ。君は希望なんだ。碧き希望だよ。君の存在だけで、みんな元気になるんだ」
「そんなこと――」
「ある。ラスドールと戦った時さ、みんな、笑顔だった。戦いに集中してて分からなかったかい?」
 そんなことはないとセラは首を横に振る。
 確かに、彼らは他愛ないが活気ある声を上げていた。まるで大会のひと試合を楽しむかのようだったと言っても過言ではなかった。
「あれだけ笑顔が溢れたことはここ数年、ないんだよ? 君の、おかげさ」
「ユフォン……」
「あ、でも、あんまり長くなるとヨルペン帝みたいに、少しずつ不満は溜まっていくかもしれないけどね、ははっ」
「……ユフォン」
 冗談めかして言うユフォン。セラは彼の名を呼びながら微笑む。励まされた。彼は嫌味で他都市の帝を悪く言うほど性根が腐った人間ではない。
「冗談にしてはリスク大きいんじゃない? 誰かに訊かれてったら問題になるんじゃない?」
「う~ん、どうだろう。僕の直属じゃないんでね」
「それ、ラスドールの真似? 似てない」
 セラは笑い、「こうだよ」と言ってラスドールの真似を披露した。


 物真似は彼女の得意技の一つだ。ナパードの次に得意なのではと僕は思っているんだが、どうだろうか、ははっ。


 セラとユフォンが帝居に着くと、前庭の片隅、ノーレンブルーの壁に仕切られた向こう側で爽快な風切り音が繰り返し鳴っていた。
「ズィーとジュメニさんがいるみたい」セラがユフォンに言う。
「ここ何日か、よくズィプが素振りしてたのは知ってたけど、ジュメニさんも? ヒュエリさんの検査が終わったってことかな。まあ、二人は開拓士団の護衛仲間でもあるし、話したいことでもあるんじゃない?」
「そうだね……」表情を沈めるセラ。
「まだ、仲直りしてないんだね。その様子だと会話もないみたいだ」
「うん。あのあと、わたし、ずっと薬作ってたから」
「まあ、急ぐことはないよ。無理に関係を直そうとして余計に距離が離れちゃったら意味ないだろ? 僕としても張り合いがなくなっちゃう」
「うん、分かってる」セラは頷くと、歩きだす。「行こ」
 声を掛けたい気持ちもあった。それでも、どこか意地になっているのかもしれない。そう思うセラだった。

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