碧き舞い花
230:眠気
「もうその方法も通用しないんだよ。残念だったな」
「そう、知れてよかった」
「なに?」
セラは訝る声には何の反応も見せず、薬カバンに手を伸ばす。
取り出したのはセラにとっての薬であり、大多数の他者にとっては劇毒となる黒い沈殿のある、あの薬だ。
小瓶を開け、ひょいと飲み干す。
竜毒で逃げ出した液状人間だ。これが平気なわけがなかった。
「お前もかっ!?」
ズィーの一件で学んだのか、長居することなくセラの身体から水が飛び出した。そして倒れていたクラスタスに入り込もうとする。
「させないっ!」
セラは跳んだ。
クラスタスに触れ、液状人間から距離を取った。ヒュエリのいる場所だ。
「ヒュエリさん! あいつを誰にも入らせないようにしてください! ジュメニさんのときのように、蒸発させます!」
「は、はぁい! 任せてください!」
ヒュエリは返事と共に障壁のマカで液体を囲んだ。いざというときの手際の良さは、さすが魔導賢者といったところだろ。
「完了です!」
「おのれ……!」
障壁に穴はないのだが、見る見るうちに水が揮発し、消えてなくなった。
「ヒュエリさん、話したいことがあります」セラはヒュエリにそう言ってから辺りを見回す。「えっと、ジュメニさんは……いた」
なんとも忙しく碧き花が散った。
セラはジュメニを連れ、ヒュエリの前に戻った。
「後処理は他の人に任せて、中で話しましょう」
「ヒュエリさんは間違えていたんです」
「ふぇっ……!?」
帝居の部屋にしては小さな部屋に入り、セラがそう言い放つと、ヒュエリは愕然として涙目になった。現状では小さな姿のヒュエリだ。セラは子供をいじめてしまったのではと錯覚し、すぐさま頭下げた。
「あ、ごめんなさいっ。全否定してるわけじゃないんです」
「……そう、ですか?」
「はい。ただ、認識のずれがあったんです」
「ずれ?」
「ちょっと、待って……」
気分の悪そうな声を上げたのはジュメニだ。ナパード酔いだろう。
「ここってホーンノーレンだよね? それにセラちゃん……。あたし全然状況が……」
「浸透寄生されていたせいで記憶がないだね」
ヒュエリは親友に肩を貸す。といっても身長差があまりにもあるために、杖のような役割となっている。
「ジュメニは液状人間に寄生されてホーンノーレンを襲撃しに来たの。ドードくんとわたしが止めてあげたんだからっ」
たいそう自慢げに胸を張る司書。だがそれに構うよりも、セラにはジュメニに訊きたいことがあった。液状人間から解放された彼女から。
だから、彼女も一緒に連れてきたのだ。
「ジュメニさん。液状人間の支配下にあったとき、どんな感じでした?」
「どんな……って言われても、水が身体に入ってきた後のことはほんとに何も……覚えてるのは水に襲われたところまで。その後は……そうだなぁ、まるで寝てたみたい、かな。今やっと起きたって感じがする」
「わたしもさっき眠気に襲われました」
「寄生されている間は眠っているってことですかね?……解放された人はジュメニが初めてで」
やはりそうかとセラは思った。今までヒュエリから語られた情報では、加熱系のマカを使ってもすでに浸透されている人物には意味がなかったということだった。それは暗に解放された者はいないということを示していたのだ。
解放された人物が一人もいないのなら、そこから得られる情報は皆無。第一の人物となったジュメニの情報は大いに価値がある。
「他には?」ヒュエリもそう思ったらしく、さらに情報を引き出そうと杖の役割をやめ、振り返って見上げる。「何かない?」
「い、いや」あまりにも前のめりのヒュエリに呆れかえるジュメニ。「だから、寝てたんだって。他には何も分かんないよ」
「そ、そうだよね」
しゅんとするヒュエリ。より小さくなって見える。セラはそんな彼女の背中に声を掛ける。
「ヒュエリさん。落ち込まないでください。話はここからなんですから」
「そう、知れてよかった」
「なに?」
セラは訝る声には何の反応も見せず、薬カバンに手を伸ばす。
取り出したのはセラにとっての薬であり、大多数の他者にとっては劇毒となる黒い沈殿のある、あの薬だ。
小瓶を開け、ひょいと飲み干す。
竜毒で逃げ出した液状人間だ。これが平気なわけがなかった。
「お前もかっ!?」
ズィーの一件で学んだのか、長居することなくセラの身体から水が飛び出した。そして倒れていたクラスタスに入り込もうとする。
「させないっ!」
セラは跳んだ。
クラスタスに触れ、液状人間から距離を取った。ヒュエリのいる場所だ。
「ヒュエリさん! あいつを誰にも入らせないようにしてください! ジュメニさんのときのように、蒸発させます!」
「は、はぁい! 任せてください!」
ヒュエリは返事と共に障壁のマカで液体を囲んだ。いざというときの手際の良さは、さすが魔導賢者といったところだろ。
「完了です!」
「おのれ……!」
障壁に穴はないのだが、見る見るうちに水が揮発し、消えてなくなった。
「ヒュエリさん、話したいことがあります」セラはヒュエリにそう言ってから辺りを見回す。「えっと、ジュメニさんは……いた」
なんとも忙しく碧き花が散った。
セラはジュメニを連れ、ヒュエリの前に戻った。
「後処理は他の人に任せて、中で話しましょう」
「ヒュエリさんは間違えていたんです」
「ふぇっ……!?」
帝居の部屋にしては小さな部屋に入り、セラがそう言い放つと、ヒュエリは愕然として涙目になった。現状では小さな姿のヒュエリだ。セラは子供をいじめてしまったのではと錯覚し、すぐさま頭下げた。
「あ、ごめんなさいっ。全否定してるわけじゃないんです」
「……そう、ですか?」
「はい。ただ、認識のずれがあったんです」
「ずれ?」
「ちょっと、待って……」
気分の悪そうな声を上げたのはジュメニだ。ナパード酔いだろう。
「ここってホーンノーレンだよね? それにセラちゃん……。あたし全然状況が……」
「浸透寄生されていたせいで記憶がないだね」
ヒュエリは親友に肩を貸す。といっても身長差があまりにもあるために、杖のような役割となっている。
「ジュメニは液状人間に寄生されてホーンノーレンを襲撃しに来たの。ドードくんとわたしが止めてあげたんだからっ」
たいそう自慢げに胸を張る司書。だがそれに構うよりも、セラにはジュメニに訊きたいことがあった。液状人間から解放された彼女から。
だから、彼女も一緒に連れてきたのだ。
「ジュメニさん。液状人間の支配下にあったとき、どんな感じでした?」
「どんな……って言われても、水が身体に入ってきた後のことはほんとに何も……覚えてるのは水に襲われたところまで。その後は……そうだなぁ、まるで寝てたみたい、かな。今やっと起きたって感じがする」
「わたしもさっき眠気に襲われました」
「寄生されている間は眠っているってことですかね?……解放された人はジュメニが初めてで」
やはりそうかとセラは思った。今までヒュエリから語られた情報では、加熱系のマカを使ってもすでに浸透されている人物には意味がなかったということだった。それは暗に解放された者はいないということを示していたのだ。
解放された人物が一人もいないのなら、そこから得られる情報は皆無。第一の人物となったジュメニの情報は大いに価値がある。
「他には?」ヒュエリもそう思ったらしく、さらに情報を引き出そうと杖の役割をやめ、振り返って見上げる。「何かない?」
「い、いや」あまりにも前のめりのヒュエリに呆れかえるジュメニ。「だから、寝てたんだって。他には何も分かんないよ」
「そ、そうだよね」
しゅんとするヒュエリ。より小さくなって見える。セラはそんな彼女の背中に声を掛ける。
「ヒュエリさん。落ち込まないでください。話はここからなんですから」
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