碧き舞い花
228:再燃
瓦解する帝居の壁の音、人々が恐れ戦き、逃げ惑う声。
「なんだっ!?」ラスドールが険しい顔で叫んだ。
「ズィー!」
セラは乾いた土煙の中に呼び掛けた。
「ズィプがいるのかい?」
ユフォンは彼女の隣に来て、煙に目を凝らす。
「ユフォンは爆発に巻き込まれた人たちを! ラスドールは周りの人たちに避難するように言って!」
「おう、任せろっ!」
状況をすべて把握した訳ではないだろうが、ラスドールはすぐさま身を翻し、人々に避難指示を叫びはじめた。
「僕は行こうにも、粉塵が収まらないことには……。何が起きたんだい?」
「クラスタスさんはまだ本人じゃなかったみたい」
「僕が治したせいか」
「そんなことない。ユフォンはしっかりクラスタスさんの命を救ったんだから」
「ありがとう。それで、ズィプは?」
人々の悲鳴で騒然の中に刃がぶつかり合う音が混じっている。「戦ってる……でも」
セラは表情を曇らせた。ユフォンは寸刻の間もなく心配する。
「まさか、さっきの衝撃で怪我して、思うように戦えてない?」
思うように戦えていない。ユフォンの言う通りだろう。ズィーの動きがぎこちないのは確かだった。
でも。
「怪我はしてない。むしろ、さっきの、ズィーも共犯みたいなとこあるし……」
彼女が感じ取った急激な争いの気配は、突如目を覚ましたクラスタスの攻撃をズィーが防ごうとしたことで生まれた変化だった。
咄嗟の防御だったが故に防ぐことだけに重点を置いたその行動は、力を外へと発散し頑丈な帝居を破壊したのだ。共犯とは言ったものの、彼を攻めることは出来ない。セラだったとしても結果は似たものになっただろう。
「じゃあ、どうして手こずってるんだい」
「……分からない」
弱々しく首を横に振るセラ。だが、なんとなく彼女には理由が読めていた。
粉塵が落ち着いてゆき、中にいた三人の姿が露わになる。
鉄と水をぶつけ合うズィーとクラスタス。そして彼らの傍らに、今まさに覚束ない足で立ち上がるジュメニ。衝撃で目覚めたばかりのようだ。
「じゃあ、怪我人はお願い、ユフォン」
「任せて。まずはジュメニさんを遠ざけないとだね」
そう言って、瞬間移動のマカを使いジュメニを戦いの中から連れ出したユフォン。セラはその様子を見届けてから、ズィーの助太刀に入った。
「ズィー。どうしたの?」
「見りゃ、分かるだろ。こいつ、まだ敵だったんだよ!」
ズィーは高硬度の水の剣を受けながら言う。
「そうじゃない」セラはクラスタスの脇から斬り掛かりながら、ズィーとの会話を続ける。「動きがぎこちないってこと!」
彼女の攻撃は躱されたが、すかさずズィーが詰め寄って突きを繰り出す。
「はぁ? んなわけないだろっ……っん」
「今の当てられたでしょ!」
スヴァニの切っ先はわずかに獲物に届かない。クラスタスが大きく身を引いたわけではない。普段のズィーならば、しっかりと敵を捉えることができた距離だ。
どこか、彼らしくない剣捌きだ。
いつものように、真っ直ぐ、素直な太刀筋ではないように感じられる。
「距離図り間違えただけだっ! ちょっとしたミスだろ、ただの!」
「最初からそんな感じじゃん! 煙の中でもわたしには見えてたんだから!」
――認めて。
「うるさいなぁっ! 戦いに集中しろよ!」
「それはズィーでしょ!」
――認めて。
「はいはい、俺は集中力が足りねぇよ。だからこの人に大怪我させたわけだしなっ」
「なっ……!」
聞きたくない言葉だった。彼女の期待した答えではない。
確かに、今、喧嘩の最中で、時間が経ち落ち着き始めていたその火が再燃し始めていたことをセラは自覚していた。
それでも、恐らく彼がいつものように戦えていないのは、先の出来事を気にしてのことだろうとも思っていた。クラスタス本人を命の危険に晒さないように、彼なりに考えていたのかもしれないと。躊躇いや迷いが頭にある。喧嘩腰でもいいからそれを認めてくれればと、彼の口から謝罪までいかずとも非を認める言葉を聞ければと。
そうしてほしかっただけなのに……。
彼は開き直った。
「……。ああっ!」
セラの残念がる顔を見て、ズィーは苛立ちの表情を見せて戦うのをやめた。そして、独り紅き閃光に紛れ、姿を消した。
「ズィー!」
彼女はいきなり戦いを放棄した彼の気配を追った。もちろん、クラスタスと一人で戦いながら。
ナパードを使った割には彼はホーンノーレンに留まっている。帝居の裏側だ。だからといってこの戦いを自分までもが放棄してしまうわけにはいかない。
ガキン――。
クラスタスの身体を捉えたオーウィンだったが、やはり硬い。体内の水分が攻撃に対応している。
「お前の刃が俺まで届くのか? 『碧き舞い花』」
クラスタスの中にいる液状人間は安全と見て高をくくっているのだろう。魔闘士の顔をしたり顔にする。
「なんだっ!?」ラスドールが険しい顔で叫んだ。
「ズィー!」
セラは乾いた土煙の中に呼び掛けた。
「ズィプがいるのかい?」
ユフォンは彼女の隣に来て、煙に目を凝らす。
「ユフォンは爆発に巻き込まれた人たちを! ラスドールは周りの人たちに避難するように言って!」
「おう、任せろっ!」
状況をすべて把握した訳ではないだろうが、ラスドールはすぐさま身を翻し、人々に避難指示を叫びはじめた。
「僕は行こうにも、粉塵が収まらないことには……。何が起きたんだい?」
「クラスタスさんはまだ本人じゃなかったみたい」
「僕が治したせいか」
「そんなことない。ユフォンはしっかりクラスタスさんの命を救ったんだから」
「ありがとう。それで、ズィプは?」
人々の悲鳴で騒然の中に刃がぶつかり合う音が混じっている。「戦ってる……でも」
セラは表情を曇らせた。ユフォンは寸刻の間もなく心配する。
「まさか、さっきの衝撃で怪我して、思うように戦えてない?」
思うように戦えていない。ユフォンの言う通りだろう。ズィーの動きがぎこちないのは確かだった。
でも。
「怪我はしてない。むしろ、さっきの、ズィーも共犯みたいなとこあるし……」
彼女が感じ取った急激な争いの気配は、突如目を覚ましたクラスタスの攻撃をズィーが防ごうとしたことで生まれた変化だった。
咄嗟の防御だったが故に防ぐことだけに重点を置いたその行動は、力を外へと発散し頑丈な帝居を破壊したのだ。共犯とは言ったものの、彼を攻めることは出来ない。セラだったとしても結果は似たものになっただろう。
「じゃあ、どうして手こずってるんだい」
「……分からない」
弱々しく首を横に振るセラ。だが、なんとなく彼女には理由が読めていた。
粉塵が落ち着いてゆき、中にいた三人の姿が露わになる。
鉄と水をぶつけ合うズィーとクラスタス。そして彼らの傍らに、今まさに覚束ない足で立ち上がるジュメニ。衝撃で目覚めたばかりのようだ。
「じゃあ、怪我人はお願い、ユフォン」
「任せて。まずはジュメニさんを遠ざけないとだね」
そう言って、瞬間移動のマカを使いジュメニを戦いの中から連れ出したユフォン。セラはその様子を見届けてから、ズィーの助太刀に入った。
「ズィー。どうしたの?」
「見りゃ、分かるだろ。こいつ、まだ敵だったんだよ!」
ズィーは高硬度の水の剣を受けながら言う。
「そうじゃない」セラはクラスタスの脇から斬り掛かりながら、ズィーとの会話を続ける。「動きがぎこちないってこと!」
彼女の攻撃は躱されたが、すかさずズィーが詰め寄って突きを繰り出す。
「はぁ? んなわけないだろっ……っん」
「今の当てられたでしょ!」
スヴァニの切っ先はわずかに獲物に届かない。クラスタスが大きく身を引いたわけではない。普段のズィーならば、しっかりと敵を捉えることができた距離だ。
どこか、彼らしくない剣捌きだ。
いつものように、真っ直ぐ、素直な太刀筋ではないように感じられる。
「距離図り間違えただけだっ! ちょっとしたミスだろ、ただの!」
「最初からそんな感じじゃん! 煙の中でもわたしには見えてたんだから!」
――認めて。
「うるさいなぁっ! 戦いに集中しろよ!」
「それはズィーでしょ!」
――認めて。
「はいはい、俺は集中力が足りねぇよ。だからこの人に大怪我させたわけだしなっ」
「なっ……!」
聞きたくない言葉だった。彼女の期待した答えではない。
確かに、今、喧嘩の最中で、時間が経ち落ち着き始めていたその火が再燃し始めていたことをセラは自覚していた。
それでも、恐らく彼がいつものように戦えていないのは、先の出来事を気にしてのことだろうとも思っていた。クラスタス本人を命の危険に晒さないように、彼なりに考えていたのかもしれないと。躊躇いや迷いが頭にある。喧嘩腰でもいいからそれを認めてくれればと、彼の口から謝罪までいかずとも非を認める言葉を聞ければと。
そうしてほしかっただけなのに……。
彼は開き直った。
「……。ああっ!」
セラの残念がる顔を見て、ズィーは苛立ちの表情を見せて戦うのをやめた。そして、独り紅き閃光に紛れ、姿を消した。
「ズィー!」
彼女はいきなり戦いを放棄した彼の気配を追った。もちろん、クラスタスと一人で戦いながら。
ナパードを使った割には彼はホーンノーレンに留まっている。帝居の裏側だ。だからといってこの戦いを自分までもが放棄してしまうわけにはいかない。
ガキン――。
クラスタスの身体を捉えたオーウィンだったが、やはり硬い。体内の水分が攻撃に対応している。
「お前の刃が俺まで届くのか? 『碧き舞い花』」
クラスタスの中にいる液状人間は安全と見て高をくくっているのだろう。魔闘士の顔をしたり顔にする。
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