碧き舞い花
221:ズィプガルの対抗策
なんとかヒュエリを落ち着かせるセラ。屈み、彼女の頭に手を載せてる姿は傍から見れば子どもをあやしているように見えることだろう。実際には年上の女性だというのに。
司書様が落ち着き始めたところですぐに本題に入ろうとセラは考えていたのだが、彼女が切り出す前にズィーの呻く声が聴こえてきた。
それに次いでドードの叫びだ。「ズィプさんっ!」
「あぁぁ……! ご、ごめんなさいっ!」
ヒュエリが急に慌てはじめた。その顔からはこれでもかと血の気が引いていた。
「拘束が弱くなってしまって……」
「……」その言葉はセラに全てを悟らせた。「ってそれってわたしのせいじゃ……」
彼女はすぐさまズィーのもとへ跳んだ。彼の隣にはジュメニが倒れ、ヒュエリの幽体は慌てふためき、ドードとヤーデン、それから魔闘士は何をしていいか分からずにただただ呆然と円を描いていた。
「ズィー! 灼魂!」
「やっ、てっ、っよ……!」
彼の言う通り、彼の体温は上昇している。顔だけでなく体中の肌が赤みを帯びている。乾燥したホーンノーレンではすぐに蒸発してしまうために目立たないが、普通の環境ならば汗だくになっている状況だろう。
それが気魂法の技術の一つ灼魂というものだ。
身体の内から熱を発する。
モノノフ、マツノシンがセラとの手合わせで見せた、太刀に炎を纏わせたのがこの灼魂の力。セラが使うことのできる気魂法の根本である押し消す力は使えないズィーだが、灼魂だけは会得できたのだ。
本来ならば武器に火炎を纏わせる目的で使うのだが、彼は液状人間の浸透寄生への対応に使えるだろうと踏んでいたのだ。それはセラも同じだった。
だがどうだろう。
一向にズィーが灼魂をやめる気配がない。
「セラ!」
魔闘士たちを割ってユフォンが顔を出す。隣りにはヒュエリもいる。
「ユフォン、浸透は熱を上げることで防げるんじゃないの?」
「そのはずだよ。でも、こんな長く時間がかかるはず……急がないと、ズィプ!」
「っかってるっ……! ぬうぅぅぅぁぁ…………!」
額の血管が浮き上がる。ゆっくり吐かれた息が頬を膨らませている。これ以上ないほどの抵抗のはずだ。
「灼魂じゃ駄目なの……」
セラのその呟きに、ズィーの血走った目が彼女を捉えた。
「っざっけんんんぁあっ……」
その悪態は喧嘩中であるセラに向けられたものなのか、入り込もうとしている液状人間に向けられたものなのか、彼女には判断できなかった。
「ズィプくん……他に、他に何か手は…………」一人と一体のヒュエリが声を合わせて狼狽える。「このままでは……」
「あ、っる……!」
ズィーはヒュエリに応え、腰と太ももにベルトで固定された行商人のバッグに、痛みでぎこちない動きながらも手を入れた。そして一枚の葉っぱを取り出した。
どこかで見たことがある。セラはふとそう思った。
世界を巡る旅のはじめにトゥウィントで薬草術を学んだ彼女。薬草関連の書物で見た覚えがあったのだ。
だが。
それが何なのか、瞬時に答えが出せなかった。
なんせ、彼が取り出したその葉は、あらゆる世界に存在する独特な形状の植物の中ではいたって普通なものなのだ。ギザギザに縁取られた薄い葉っぱ。異空中にそういった葉っぱは世界の数ほどあると言っていい。それほどにありふれた形だ。それでも薬草、毒草の類だと分かるセラはやはり才に恵まれているのだろう。
近くで見る、触る、嗅ぐ、食べるなど詳しく調べれば何かしら知識と合致するものがあるだろうが、現状ではさっぱりわからない。ズィーは何をする気なのか。
「それは……?」
セラを代弁するようにユフォンが疑問を零した。
『紅蓮騎士』はニッと口角を上げ、その葉の先端わずかを齧った。薄さと齧った量に似合わない軽快な音がカリっと鳴る。次いでこれまた似合わないサクサクという咀嚼音の後、彼はそれを飲み込んだ。
するとどうだろう、ルビーの瞳孔が獣の如く縦に鋭く伸び、まるでペク・キュラ・ウトラの人々のようになったのだ。
その姿を見て、セラは思い至った。「竜毒!」
「竜毒?」ユフォンが首を傾げる。「毒って、大丈夫なのかい?」
その問いに、セラは行動で応えた。薬カバンより解毒薬を取り出す。変態術なくして使える限度ギリギリの強さを持つものだ。
「わたし、知っています」実体のヒュエリが神妙な面持ちで言う。「『虹にかかる諸島』から流通している麻薬ですね。通称『竜宿し』。竜人の如く目が冴えて、長時間の労働をすることができる活力が湧く。反面、思考能力を奪い、疲労は尋常ではない。使い続ければ、本来生きるはずの寿命の半分程しか生きることができなくなると言われています。……大抵は奴隷を持つ世界で使われているものです」
さすがは司書といった知識。セラは頷く。
「はい」
頷いたものの、ヒュエリが説明したのは麻薬『竜宿し』としての竜毒だ。『竜毒』という毒は正確には別物で、寿命の半分で済むような代物ではないのだ。
「でも、麻薬として出回っているものはかなり毒が抑えられてるものなんです。本来の竜毒の症状は別なんです。葉っぱの成分は竜人たちにとっては運動能力を高めるための薬物になりますが、他の世界の人間にとっては劇毒です」
「そうなんですか? そこまでは知りませんでした……」
「ズィプはどうしてそんなものをっ?……ん、でも、だんだん落ち着いてる……」
ユフォンの言う通り、ズィーは次第に平常へと向かい始めていた。灼魂もやめたのか、体の赤みも引いていく。
セラの知る真の竜毒の症状とは大いに異なっている。
瞳孔が竜人のそれになるのは竜化の始まり。その後は皮膚が鱗に変化し、爪や牙、場合によっては角が生え、完全な竜人となり、息絶えるはずなのだ。だからこそ、そうなる前に瞳孔の変化の時点で解毒する必要があったのだが、今のズィーの状態を見るとその必要はなさそうだった。
瞳の竜化で留まっている。平然としている。
「竜を宿すってのも楽じゃないんだぜ。死にたくなかったら出てくんだな。水野郎!」
息の整ったズィーが言う。
途端、彼の身体全体から水が飛沫となって弾け出た。
司書様が落ち着き始めたところですぐに本題に入ろうとセラは考えていたのだが、彼女が切り出す前にズィーの呻く声が聴こえてきた。
それに次いでドードの叫びだ。「ズィプさんっ!」
「あぁぁ……! ご、ごめんなさいっ!」
ヒュエリが急に慌てはじめた。その顔からはこれでもかと血の気が引いていた。
「拘束が弱くなってしまって……」
「……」その言葉はセラに全てを悟らせた。「ってそれってわたしのせいじゃ……」
彼女はすぐさまズィーのもとへ跳んだ。彼の隣にはジュメニが倒れ、ヒュエリの幽体は慌てふためき、ドードとヤーデン、それから魔闘士は何をしていいか分からずにただただ呆然と円を描いていた。
「ズィー! 灼魂!」
「やっ、てっ、っよ……!」
彼の言う通り、彼の体温は上昇している。顔だけでなく体中の肌が赤みを帯びている。乾燥したホーンノーレンではすぐに蒸発してしまうために目立たないが、普通の環境ならば汗だくになっている状況だろう。
それが気魂法の技術の一つ灼魂というものだ。
身体の内から熱を発する。
モノノフ、マツノシンがセラとの手合わせで見せた、太刀に炎を纏わせたのがこの灼魂の力。セラが使うことのできる気魂法の根本である押し消す力は使えないズィーだが、灼魂だけは会得できたのだ。
本来ならば武器に火炎を纏わせる目的で使うのだが、彼は液状人間の浸透寄生への対応に使えるだろうと踏んでいたのだ。それはセラも同じだった。
だがどうだろう。
一向にズィーが灼魂をやめる気配がない。
「セラ!」
魔闘士たちを割ってユフォンが顔を出す。隣りにはヒュエリもいる。
「ユフォン、浸透は熱を上げることで防げるんじゃないの?」
「そのはずだよ。でも、こんな長く時間がかかるはず……急がないと、ズィプ!」
「っかってるっ……! ぬうぅぅぅぁぁ…………!」
額の血管が浮き上がる。ゆっくり吐かれた息が頬を膨らませている。これ以上ないほどの抵抗のはずだ。
「灼魂じゃ駄目なの……」
セラのその呟きに、ズィーの血走った目が彼女を捉えた。
「っざっけんんんぁあっ……」
その悪態は喧嘩中であるセラに向けられたものなのか、入り込もうとしている液状人間に向けられたものなのか、彼女には判断できなかった。
「ズィプくん……他に、他に何か手は…………」一人と一体のヒュエリが声を合わせて狼狽える。「このままでは……」
「あ、っる……!」
ズィーはヒュエリに応え、腰と太ももにベルトで固定された行商人のバッグに、痛みでぎこちない動きながらも手を入れた。そして一枚の葉っぱを取り出した。
どこかで見たことがある。セラはふとそう思った。
世界を巡る旅のはじめにトゥウィントで薬草術を学んだ彼女。薬草関連の書物で見た覚えがあったのだ。
だが。
それが何なのか、瞬時に答えが出せなかった。
なんせ、彼が取り出したその葉は、あらゆる世界に存在する独特な形状の植物の中ではいたって普通なものなのだ。ギザギザに縁取られた薄い葉っぱ。異空中にそういった葉っぱは世界の数ほどあると言っていい。それほどにありふれた形だ。それでも薬草、毒草の類だと分かるセラはやはり才に恵まれているのだろう。
近くで見る、触る、嗅ぐ、食べるなど詳しく調べれば何かしら知識と合致するものがあるだろうが、現状ではさっぱりわからない。ズィーは何をする気なのか。
「それは……?」
セラを代弁するようにユフォンが疑問を零した。
『紅蓮騎士』はニッと口角を上げ、その葉の先端わずかを齧った。薄さと齧った量に似合わない軽快な音がカリっと鳴る。次いでこれまた似合わないサクサクという咀嚼音の後、彼はそれを飲み込んだ。
するとどうだろう、ルビーの瞳孔が獣の如く縦に鋭く伸び、まるでペク・キュラ・ウトラの人々のようになったのだ。
その姿を見て、セラは思い至った。「竜毒!」
「竜毒?」ユフォンが首を傾げる。「毒って、大丈夫なのかい?」
その問いに、セラは行動で応えた。薬カバンより解毒薬を取り出す。変態術なくして使える限度ギリギリの強さを持つものだ。
「わたし、知っています」実体のヒュエリが神妙な面持ちで言う。「『虹にかかる諸島』から流通している麻薬ですね。通称『竜宿し』。竜人の如く目が冴えて、長時間の労働をすることができる活力が湧く。反面、思考能力を奪い、疲労は尋常ではない。使い続ければ、本来生きるはずの寿命の半分程しか生きることができなくなると言われています。……大抵は奴隷を持つ世界で使われているものです」
さすがは司書といった知識。セラは頷く。
「はい」
頷いたものの、ヒュエリが説明したのは麻薬『竜宿し』としての竜毒だ。『竜毒』という毒は正確には別物で、寿命の半分で済むような代物ではないのだ。
「でも、麻薬として出回っているものはかなり毒が抑えられてるものなんです。本来の竜毒の症状は別なんです。葉っぱの成分は竜人たちにとっては運動能力を高めるための薬物になりますが、他の世界の人間にとっては劇毒です」
「そうなんですか? そこまでは知りませんでした……」
「ズィプはどうしてそんなものをっ?……ん、でも、だんだん落ち着いてる……」
ユフォンの言う通り、ズィーは次第に平常へと向かい始めていた。灼魂もやめたのか、体の赤みも引いていく。
セラの知る真の竜毒の症状とは大いに異なっている。
瞳孔が竜人のそれになるのは竜化の始まり。その後は皮膚が鱗に変化し、爪や牙、場合によっては角が生え、完全な竜人となり、息絶えるはずなのだ。だからこそ、そうなる前に瞳孔の変化の時点で解毒する必要があったのだが、今のズィーの状態を見るとその必要はなさそうだった。
瞳の竜化で留まっている。平然としている。
「竜を宿すってのも楽じゃないんだぜ。死にたくなかったら出てくんだな。水野郎!」
息の整ったズィーが言う。
途端、彼の身体全体から水が飛沫となって弾け出た。
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