碧き舞い花
218:ユフォン、治す
「うわっ、ほんと乾燥してんな」
セラが薄群青の街並みに見惚れているのを余所に、ズィーはなんの風情もない感想を口にした。これではジェルマド・カフに気に入られるわけがない。
「中では戦いが行われてます。なので外に跳んできましたが……どうですかセラちゃん? 街の中の様子は?」
ヒュエリに言われるまでもなく、セラはもとより街の中に向かって意識を向けていた。一番の目的はユフォンの存在を確認するためだ。と僕は信じたいね、ははっ。
「確かに、人が纏まってる場所があります。ジュメニさん、ヤーデンさん、そしてユフォン。あ、少し離れたところにヒュエリさんの霊体もいます……泣いてます?」
「うぇっ、そ、そうなんですよぉ~……。わたしが離れちゃったのでユフォンくんは魔具に連絡をくれたんだと思います。ごみぇんなさい」
しゅんとするヒュエリ。だがセラは彼女を責めることはしない。むしろ感謝の意を口にした。
「謝らないでください、ヒュエリさん。そのおかげで、ユフォンと話せたんですから」
「そう、ですかぁ?」
「はい」セラは微笑みを湛えて頷くと街の中に視線を向けた。「行きましょう。ジュメニさんもそうですけど、もう一人の男の人、ヤーデンさんを押してるほど強い」
「どっかの英雄とかユフォンが言ってたよな? すごい有名人?」
「そうです。ワールマグの英雄、クラスタス・ユル・リュリュスはワールマグ次期帝と名高い人です」
「やばいっ!」
ヒュエリの言葉と被るようにセラは言った共に行動した。
「ヤーデンさんっ!!」
セラは一人で跳んだ。ユフォンの声が耳に届いた。戦闘の真っただ中。
「はっ!」
セラは水でできた剣を受け止める。液体とは思えぬ頑丈さだ。
「セラ!!」筆師が歓喜の声を上げた。
「!? 『碧き舞い花』!!」
水の剣を手にした男は突然現れたセラを二つ名で呼んだ。もちろんこの真っ青に縁取られた瞳孔を持つ男クラスタスが、初対面だとしてもセラのことを知っていた可能性もなくはないが、その驚きぶりはやはり一度会ったことのある者のそれだった。中身は名も知れぬ液状人間。
「君は……大会に出てた子か!?」
彼女の背後で一人開拓士団ヤーデン・ガ・ドゥワは遅ればせながら驚く。上体を起こすのが精一杯。戦いが終わろうとしていたところだった。セラは彼の危機を捉えたのだ。
ヤーデンの鍛え抜かれた体躯は傷だらけだった。四年前の大会ではチャチの莫大なエネルギーを持つ光の弾を受け止めた後に、気を失ってまでも仁王立ちしていた男が、今は尻餅をついている。相手はそれほどか。
しかし、それでも液状人間の支配を受けていないのは、彼が炎を操ることを得意とする魔闘士だからだろう。幸いと言えた。
「俺もいいるぜ!」
紅き閃光。
クラスタスの背後、スヴァニが真っ直ぐと天から降る。
ガキンッ――!
「!?」
金属、マカどちらの鎧を纏っているわけではないクラスタスの背で、ハヤブサが止まる。彼女の方を向くクラスタスが不敵な笑みを浮かべる。
「水か」
セラは感じたままを口にした。ワールマグの魔闘士の体内。その背には水が集まっている。
「なんつう硬さだよっ! 岩肌族かよっ」
ズィーがクラスタスから離れる。セラはそれに続くように水の剣を跳ね除け、ヤーデンに手を触れると後方へナパードで移動する。
「クラスタス殿は水のマカの達人だ! 形、性質を自在に操る。その力は体内の水分にも及ぶぞ!」
ナパード酔いではなく、ただ単に戦いの疲労から息を切らしたヤーデンはズィーにも聴こえるように声を張った。
「へぇ、液状人間にとっては最高の人材ってわけだ」ズィーが呟いた。「で、どんくらい硬いんだ?」
「お前の剣では斬れないほどだ。『紅蓮騎士』」
クラスタスは振り返った。ズィーと戦う気らしい。
「おいおい、さっきのが本気だと思ってんのか?」
「本気ではないというのか?」
「ったりまえだ。お前が入ってるその人を殺さないようにな」
「そうか。それでは俺が負けることはないな」
「ま、今はそうかもな。でも、必ずヒュエリさんが見つけてくれるさ、お前を追い出す方法」
言うズィーはセラよりも後方に視線を向けていた。
薄群青に囲まれるそこには、寄生されていない魔闘士たちの中心となったドードがジュメニと剣を交えていた。それを遠くからヒュエリが観察しつつ、マカで支援をしていた。クラスタスの方はセラたちに任せるようだ。
「!」セラは隣りに彼が来るのを感じた。
「セラ! ヤーデンさん!」
渦巻くように歪んだ空間からユフォンが現れた。彼はすぐさまヤーデンに添う。
「今すぐにでも再会のハグをしたいところだけど、今はヤーデンさんの治療をしないとだ」
ユフォンのブレスレット、黒みを帯びた水晶の隣にはめられた淡緑色の水晶が輝きを帯びる。その輝きが次第に彼の手に移動していく。ユフォンがその手でヤーデンの傷を順に覆っていくと、驚くことに傷口が塞がっていく。完治ではないものの明らかに治っている。
「ありがとう、ユフォンくん」ヤーデンの息が整っていく。
「ユフォン、それって」
「治癒のマカさ。君が傷ついても僕が治せるように。大変だったよ、習得するの。普通は治癒師になろうって人しか覚えないからね。筆師が使えるなんて、驚きものさ、ははっ」
「そっか」
セラは笑みを浮かべる。自分も前へ進んだ。その時間だけ、ユフォンも前進したのだ。ホワッグマーラのことで大変だったろうに。
「セラはズィーと一緒にクラスタスを止めて」
ヤーデンの治癒を続けながら、ユフォンは言う。だが、セラは首を横に振った。
「もう、終わったよ」
「え?……! ははっ」
ユフォンはズィーとクラスタスの方へ視線を向けると思わず笑みをこぼした。
「成長したのはユフォンだけじゃない」
セラはそう言って口角を上げると、乾燥した大地に伏した男を背にスヴァニを納める幼馴染を見やった。
が、すぐに口角を下げ冷たく呟く。「もっと成長すべきだけど」
「死んでないよな、この人……」
ズィーがぼそりと言った。
セラが薄群青の街並みに見惚れているのを余所に、ズィーはなんの風情もない感想を口にした。これではジェルマド・カフに気に入られるわけがない。
「中では戦いが行われてます。なので外に跳んできましたが……どうですかセラちゃん? 街の中の様子は?」
ヒュエリに言われるまでもなく、セラはもとより街の中に向かって意識を向けていた。一番の目的はユフォンの存在を確認するためだ。と僕は信じたいね、ははっ。
「確かに、人が纏まってる場所があります。ジュメニさん、ヤーデンさん、そしてユフォン。あ、少し離れたところにヒュエリさんの霊体もいます……泣いてます?」
「うぇっ、そ、そうなんですよぉ~……。わたしが離れちゃったのでユフォンくんは魔具に連絡をくれたんだと思います。ごみぇんなさい」
しゅんとするヒュエリ。だがセラは彼女を責めることはしない。むしろ感謝の意を口にした。
「謝らないでください、ヒュエリさん。そのおかげで、ユフォンと話せたんですから」
「そう、ですかぁ?」
「はい」セラは微笑みを湛えて頷くと街の中に視線を向けた。「行きましょう。ジュメニさんもそうですけど、もう一人の男の人、ヤーデンさんを押してるほど強い」
「どっかの英雄とかユフォンが言ってたよな? すごい有名人?」
「そうです。ワールマグの英雄、クラスタス・ユル・リュリュスはワールマグ次期帝と名高い人です」
「やばいっ!」
ヒュエリの言葉と被るようにセラは言った共に行動した。
「ヤーデンさんっ!!」
セラは一人で跳んだ。ユフォンの声が耳に届いた。戦闘の真っただ中。
「はっ!」
セラは水でできた剣を受け止める。液体とは思えぬ頑丈さだ。
「セラ!!」筆師が歓喜の声を上げた。
「!? 『碧き舞い花』!!」
水の剣を手にした男は突然現れたセラを二つ名で呼んだ。もちろんこの真っ青に縁取られた瞳孔を持つ男クラスタスが、初対面だとしてもセラのことを知っていた可能性もなくはないが、その驚きぶりはやはり一度会ったことのある者のそれだった。中身は名も知れぬ液状人間。
「君は……大会に出てた子か!?」
彼女の背後で一人開拓士団ヤーデン・ガ・ドゥワは遅ればせながら驚く。上体を起こすのが精一杯。戦いが終わろうとしていたところだった。セラは彼の危機を捉えたのだ。
ヤーデンの鍛え抜かれた体躯は傷だらけだった。四年前の大会ではチャチの莫大なエネルギーを持つ光の弾を受け止めた後に、気を失ってまでも仁王立ちしていた男が、今は尻餅をついている。相手はそれほどか。
しかし、それでも液状人間の支配を受けていないのは、彼が炎を操ることを得意とする魔闘士だからだろう。幸いと言えた。
「俺もいいるぜ!」
紅き閃光。
クラスタスの背後、スヴァニが真っ直ぐと天から降る。
ガキンッ――!
「!?」
金属、マカどちらの鎧を纏っているわけではないクラスタスの背で、ハヤブサが止まる。彼女の方を向くクラスタスが不敵な笑みを浮かべる。
「水か」
セラは感じたままを口にした。ワールマグの魔闘士の体内。その背には水が集まっている。
「なんつう硬さだよっ! 岩肌族かよっ」
ズィーがクラスタスから離れる。セラはそれに続くように水の剣を跳ね除け、ヤーデンに手を触れると後方へナパードで移動する。
「クラスタス殿は水のマカの達人だ! 形、性質を自在に操る。その力は体内の水分にも及ぶぞ!」
ナパード酔いではなく、ただ単に戦いの疲労から息を切らしたヤーデンはズィーにも聴こえるように声を張った。
「へぇ、液状人間にとっては最高の人材ってわけだ」ズィーが呟いた。「で、どんくらい硬いんだ?」
「お前の剣では斬れないほどだ。『紅蓮騎士』」
クラスタスは振り返った。ズィーと戦う気らしい。
「おいおい、さっきのが本気だと思ってんのか?」
「本気ではないというのか?」
「ったりまえだ。お前が入ってるその人を殺さないようにな」
「そうか。それでは俺が負けることはないな」
「ま、今はそうかもな。でも、必ずヒュエリさんが見つけてくれるさ、お前を追い出す方法」
言うズィーはセラよりも後方に視線を向けていた。
薄群青に囲まれるそこには、寄生されていない魔闘士たちの中心となったドードがジュメニと剣を交えていた。それを遠くからヒュエリが観察しつつ、マカで支援をしていた。クラスタスの方はセラたちに任せるようだ。
「!」セラは隣りに彼が来るのを感じた。
「セラ! ヤーデンさん!」
渦巻くように歪んだ空間からユフォンが現れた。彼はすぐさまヤーデンに添う。
「今すぐにでも再会のハグをしたいところだけど、今はヤーデンさんの治療をしないとだ」
ユフォンのブレスレット、黒みを帯びた水晶の隣にはめられた淡緑色の水晶が輝きを帯びる。その輝きが次第に彼の手に移動していく。ユフォンがその手でヤーデンの傷を順に覆っていくと、驚くことに傷口が塞がっていく。完治ではないものの明らかに治っている。
「ありがとう、ユフォンくん」ヤーデンの息が整っていく。
「ユフォン、それって」
「治癒のマカさ。君が傷ついても僕が治せるように。大変だったよ、習得するの。普通は治癒師になろうって人しか覚えないからね。筆師が使えるなんて、驚きものさ、ははっ」
「そっか」
セラは笑みを浮かべる。自分も前へ進んだ。その時間だけ、ユフォンも前進したのだ。ホワッグマーラのことで大変だったろうに。
「セラはズィーと一緒にクラスタスを止めて」
ヤーデンの治癒を続けながら、ユフォンは言う。だが、セラは首を横に振った。
「もう、終わったよ」
「え?……! ははっ」
ユフォンはズィーとクラスタスの方へ視線を向けると思わず笑みをこぼした。
「成長したのはユフォンだけじゃない」
セラはそう言って口角を上げると、乾燥した大地に伏した男を背にスヴァニを納める幼馴染を見やった。
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