碧き舞い花

御島いる

213:司書のもとへ

「ドード? ってあの包丁の?」
 セラがドードの名を口にすると、ズィーは小首を傾げて記憶を掘り返したようだった。
「包丁じゃない、番刀。とにかく、行こう。彼は大丈夫そう。何か事情を知ってるかも」
「え、戻るのかよ?」
 ズィーはどことなく疲れた顔を見せる。ただ単に面倒なだけだろうと思いつつ、セラは言う。
「じゃあ、ズィーはここで待ってて、わたしが連れてくるから」
「あ、それいいな。じゃあ、頼む」
「もう」
 それだけ言い残し、彼女はユフォンの部屋を発った。もちろんナパードで。


「ドード!」
 セラは噴水広場を囲む建物の一つ、レンガ葺きの屋根の上に姿を現した。
「おゎっ!……ほんとにいたっすね!?」
 突然に現れたセラに対して、噴水広場で市民たちを峰打ちで倒していくドードは大きく目を見開いた。どうやら、気配を読んだりすることは出来ないらしい。大袈裟ではなく、心から驚いている。身体を動かしているということを差し引いても、心拍が急上昇した。
「跳んでから話そう!」
 驚く少年を余所に、セラはすぐさま攻撃動作の途中だった彼の眼前に跳び、その腕をパシリと掴んだ。間もなく、セラの視界は噴水広場からユフォンの部屋へと戻った。周りにいた幻影霊たちはとりあえず無視だ。
「お、帰ってきた……って、大丈夫かドード?」
 筆師の部屋にセラと共に入ったドードは、埃まみれのベッドに向かって顔を埋める。ナパード酔いだ。ナパスの民ですら、初めは酔うのだ渡界術という移動方法は。
「ぅぅう……っくしゅん!!」
 気持ち悪そうな声を上げたかと思うと、埃を吸って盛大にくしゃみをした。
「ドード」セラはそっと彼の背に手を添える。「マグリアはどうなったの? 他のみんなは?」
「おい、セラ。ちょっと休ませてやれよ」
「ぅぅ、大丈夫っす。ズィプガルさん」
 ドードは二本の刀を腰の帯に納めた。マグリアで帯をしている人間は珍しいだろうが、それ以外の服装は大会当時のみすぼらしいボロ衣はどこへやら、大きく見違え、魔導都市的だった。警邏隊の制服ではないが、警邏隊の紋章であるランプの後ろに交差する槍が描かれたケープをその上に羽織っている。襟元には翻訳の魔具であるチョーカーが見て取れる。
「セラフィさん! ズィプガルさん! 来てくれて、ありがとうっす!! 俺は難しくて説明できんくて、司書さんのとこ行きましょ! すぐにっ!」
「え? ヒュエリさん? ヒュエリさんの気配なんて、どこにも……あ、でもファントムくん……」
 ドードと共にマグリアの人々を無力化していたのが幻影霊だということは、ヒュエリも無事だということだ。ズィーの勘はやはり外れていたのだ。
「予選っ時の本に入るっす!」
「予選の時って、禁書か?」
「っす!」勢いよく頷くドード。
『副次的世界の想像と創造』。百年以上前にジェルマド・カフによって創作された書物。その中には世界が存在する。およそ百年前のマグリアが再現された幻想の世界。
「だから、気配が感じられないんだ」セラは独り納得し、次いでドードに問う。「ところで、禁書の中には誰がいるの? ヒュエリさんだけ?」
 行けばわかることなのだが、セラは早急に誰が無事なのか知りたかった。ユフォンが無事かどうかは特にだ。
「俺と司書さんとそれから……」ドードは指を折り、確認するように口にする。「筆の人に、もじゃもじゃの爺さま」
 セラは安堵と共にそっと呟く。「ユフォン」
「やっぱいるんだな、男嫌いの爺さんは」
「それだけ?」
 指を折って確認したにしては少なすぎる人数にセラはもう一度問う。だが、ドードはまた勢いよく頷くだけだった。
「っす! とにかくいきましょう!」
「ちょ! 行くってどうやって? 外を行くのか?」とズィーが窓の外を指し示す。
「それに、禁書に行くってことは魔導書館でしょ?」セラが彼に続く。「あそこには今ブレグさんの偽物が――」
「偽者じゃないっす!!」
「?」
 ドードの憤りの色を含んだ声に驚くことなく訝るセラ。
「ぁ、すんませんっ!」風鳴りがするほど素早く頭を下げたドード。顔だけを上げて。「とにかく司書さんじゃないと難しいことは分かんないっす! あ! 行き方はこれを使うっす」
 ドードは思い出したように懐から一枚の短冊形の紙片を取り出した。上部に穴が空き、そこに紐が通されてる。どうやら栞のようだ。
「『継書けいしょの栞』っす!」
 堂々と栞を突き出したかと思うと、ドードは筆師の部屋の至る所に積まれた本たちに目を向けた。特に選ぶ素振りも見せず、悩むことなく一番近く、一番上の一冊の手に取った。紙の束は埃を着こんでいる。
「本と本を繋ぐんっすよ」
 本を開くドード。そっと栞を紙の谷に滑り込ませて、ぱたんと閉じた。
「お二人とも、俺の横に来るっす」
 二人の渡界人は頷き、静かに従った。
「行っすよぉ~っ!」
 ドード少年の手によって、本が開く。

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